「さあ、沈めや沈め。恐れ戦け、
水の底は暗いぞぉ。静かで深くて……何もない」  
川を通る舟の中へと、村紗は柄杓で水を注ぐ。 人間たちは、溜まりに溜まった水を舟の外へと追い出そうと、右に左に。 それはまさしく、彼女がずっと求めていた光景だ。   「あはは、愉しい。
やはり舟を沈めるのはやめられない!」
悲鳴が心地良い、怒号がたまらない。 自分が生き残るため、他人を蹴落とそうとする人間の浅ましさは、 見ているだけで腹が満たされていく。   「殺しはしない。
人を殺すと聖に怒られてしまうから。
 ……でも、もう少しだけ愉しませておくれ。
私が私であることが、実感できるまで」
舟はとっくに浸水しきっている。しかし、村紗は水を注ぐ手を止めない。 それだけしかできないから。それが彼女の使命であり、存在意義なのだから。   「嘆け、怒れ、命乞いしろ。
阿鼻叫喚を見せてみろ。
 人間の愚かさを、
人でなしの私に思う存分堪能させておくれ!」  
結局その後、村紗は聖にこっぴどく説教されるのだった。