「さあさあ、これが喜びの面、
そしてこっちが怒りの面だ!
目を逸らさないで、ちゃんと見なさい。
この翁の面はフレンドリー。
つまり今、
私は満面の笑みを浮かべているということよ」
人里にやって来たこころは、道行く人を手当たり次第に捕まえ、自身の面を見せびらかす。
六十六種の面をいちいち切り替え、そのひとつひとつを手に取って、懇切丁寧に紹介していく。
「驚く時は獅子口の面を、真面目な時は狐の面を。
どうして狐が真面目なのかって?
うぅむ、我々に言われても分からない。
狐がどこか黒幕っぽいから……とか?」
思ってもみなかった質問にこころが首を傾げる間に、すっかりみんな逃げてしまう。
こころが自分でそれっぽい答えを見つけた頃には、道のど真ん中にぽつんとひとり。
「逃げられてしまったか……でも、こんなに丁寧に
あれだけたくさんの人に説明したのだ。
きっと、我々の感情を
理解してくれる人が増えているはず。
次の能では、観客に今の感情を
当ててもらう遊戯を取り入れてみることにしよう」
ただのひとりも、こころの面がどういう感情を持っているのかを理解できていないのだが、
自分にできることは全てやったと満足したのか、彼女は女の面を被ってご満悦の様子。
「……しかし、そろそろ表情を変える練習でも
した方がいいのかな?」
そう言って、こころは自分の頬をぐいっと両手で引っ張った。