その湖には人の営みも、妖精たちの話し声も、妖怪の嘶いななきも……神様の宣告だって存在しない。
だからこそ、ルナサ・プリズムリバーは湖の畔でひとり、
ヴァイオリンを奏でることにした。
「ここはとても静かだからね。
幻想郷のどこよりも落ち着ける。
もちろん、騒がしいのも嫌いじゃない。
騒がしい演奏会をよく開いているしね」
「……でも、時々こうして、静かなところで
ひとり、ヴァイオリンを弾きたくなるんだ」
大衆に聴かせる演奏ではない。自分の本能の赴くままに奏でる、小さな小さな演奏会。
「あそこに廃墟が見えるだろう? あれは私たち
三姉妹が暮らしてる、居心地の良い洋館さ。
あの廃墟を見ながら弾くヴァイオリンの
心地よさは、筆舌に尽くしがたいよ」
ルナサの奏でたヴァイオリンの音色は草木を、水面を、空気を揺らす。
それは彼女がポルターガイストであるという何よりもの証拠である。
「彼らは勝手に私の演奏を聞いているんだ。
そして、その感動に打ち震えてくれている。
私はちっぽけな騒霊だけど、今この時だけは、
この幻想郷を掌で踊らせている」
旋律が激しくなり、大きくなり……その度に、幻想郷に僅かな変化が訪れる。
「ここからラストスパートだ。
この世界が壊れるぐらいの演奏に、
どうぞ耳を傾けたまえ」
静寂というキャンパスを、ルナサはヴァイオリンの音色を以て、鮮やかに彩っていく。