「右良し、左良し……
何の異常もなし。
今日も平和で何より」   天狗たちの住む妖怪の山を見回る。白狼天狗である彼女の仕事ぶりは、どんな天狗よりも立派だ。 だが、妖怪の山に立ち入る者などそうはいないので、彼女の熱意はちょっと過剰とも言える。
そんな椛の背後に、ゆらりと姿を見せる謎の影。  
「いつもながら精が出ますねえ。  こんなところ、誰も来ないんだから  少しぐらいサボってもいいのに」  
椛に見つからないよう、こそこそと後を付けてくるのは同じ天狗のだった。 同じ天狗と言え、白狼天狗と鴉天狗は受け持つ仕事や趣味趣向、そしてそもそも階級が違う。 特に、射命丸文と犬走椛、この両名はあんまり仲が良くなかったり。
「むっ……? 何やら気配がしたような……
気のせいか……」  
自慢の耳をピンと立てて、周囲を見回す椛。どうやら文が近くにいることは気付いていないようだ。  
「ふう、危ない危ない。  ムダに勘がいいんですから。  私のように記者にでもなればいい物を……」
しかしすぐに、文は頭を振って、自身の考えを頭の中から打ち消した。 椛が自分の同業者になったとしたら毎日グチグチ小言を言われるかもしれない。 取材にずっと付いてきて、自分流の「スクープの取り方」を邪魔されたら、溜まったものではない。  
「う~ん……  やっぱり白狼天狗は苦手ですねぇ……。  鴉天狗のように気楽に生きるのが一番です」
「やっぱり何かいる気がする……。
そこかっ! 何奴! 出てきて名を名乗れ!」   「げげっ……! 見つかっちゃいましたか……。  はぁ、なんて言い訳しましょうか……」  
椛にバレてしまった文は観念して、渋々彼女の前に姿を見せることにするのだった。