「うぅーん、立派な紅葉だな。
妖怪の山から持ってきてよかった」   「持ってきたのはいいですが、  これをどこに植えるのですか?」  
妖怪の山にあった楓を道場の一角に持ち込み、宙に浮かべる神子屠自古はそれを腕を組みながら見つめていた。
「決まっている、道場のどこからでも
見える場所だ。だから此処だろう」   「それで? 一体何処に植えるつもりなんですか? まさかとは思いますけど……」  
戸惑う屠自古の横で、神子は仙人としての力を使い、道場のど真ん中にぽっかりと穴を開けた。
「あぁ、やっぱり  道場の中に植えるつもりなんですね……!  大層邪魔だと思うんですけど、本当に?」  
「大丈夫だ、邪魔になったら植え直せばいいから。
道場を貫く楓の木、風情があると思わないか?」  
半ば呆れつつも、屠自古は神子が掘ってしまった穴に紅葉を植えていく。 それからしばらくして、道場の中心には立派な紅葉がそびえ立っていた。
「はぁ……これはこれは。  殺風景な道場が立派な……」  
「そうだろうそうだろう!  ふふっ、道場に居ながら紅葉が楽しめる」
喜びの声をあげる神子はさっそく酒を取りだし、紅葉をつまみに一杯始める。 屠自古もそれにならって酒を啜る。なるほど、紅葉には酒を美味しくする効果もあるようだ。  

「紅葉を見ながら盃を傾ける。 風情があって良いものだな、屠自古」
「まあ、たまにはいいですね。たまには」
密かな宴に興じるふたりを、道場に植えられた紅葉が静かに見守っている。 ふたりはこの日、秋の風情と、味覚を同時に味わう、それはそれは贅沢な時間を過ごすのだった。   なお「やはり修行の邪魔か」と思い直した神子によって、この楓の木は神霊廟の片隅へ移動、 その植え替えは屠自古がやることになるのだが、それはまた別の話。