「そもそも、この楽園がどこよりも豊かなのか
私には一考の余地があると思うのだがな」
玉座の背もたれに顎を乗せたまま、隠岐奈は笑みを崩さずそんな不穏な言葉を口にする。
「あら? この幻想郷にご執心のあなたが
それを言うなんて、どういう心境の変化かしら?」
「なに、愛しているからこその心配だよ。
我々がそう思っているだけで、
余所者もそうとは限らない。
ずっと中にいると感覚が鈍るとは
よく言ったものだろう?」
「確かに、一理あるわね。
……では、こうしましょうか」
紫は玉座の肘置きを指で何度か軽く叩くと、これは名案だと言わんばかりの笑顔と共に口を開いた。
「向こう側で私たちのことを見ながら楽しんでいる
そこのあなた。そう、あなたよあなた。
あなたには、どういう風にみえていたの?」
目の前に佇む妖しい怪もののけは、――わたし――に向かってささやく。
「この世界で生きる存在を
眺めることが楽しかった?
この世界に流れる旋律を
奏でることが楽しかった?
少女たちが紡いだ御伽噺おとぎばなしを
拾い集めることが楽しかった?
そんな世界を、愛することが楽しかった?
それとも――――」
――わたし――は、その問いに言葉をもって答えようとした。その時――
もう一人の、慇懃無礼で傲慢な神トリックスターの人指し指が、答えようとする唇に触れた。
「ほう、お前は
この幻想郷せかいへの答えを持っているのだな?
お前なりに解釈し、意味を与え、
答えを導き出そうとしたのだな?」
神はニヤリと妖しく笑い、妖怪は神々しく微笑んだ。
「それなら――」
「そのあなたなりの答えは、
あなただけの形として、形作ってほしいの」
「いつか、その答えを私たちに見せてくれないか?
また別の幻想郷せかいで逢う時にでも、な」
そう言い終えると、それまで開いていた幾つもの扉が次々と音を立てながら閉じ、そして崩れていく。
「そろそろ時間ね」
「ああ、そのようだな」
二人の姿もついには見失い、真っ暗闇のなか最後に残ったのは、
手のひらにも満たない小さなユメミタマがひとつ。
「今度はあなたが扉を開く番よ」
シャボン玉が弾けるようにユメミタマが消える刹那――確かにそう聞こえた気がした。
目の前には見覚えのある、あの真っ赤な緞帳がその幕を下ろし、静かに佇んでいた。