地上には、天界にはない刺激が数えきれないほど存在する。
「ずっと地上にいたいけど、さすがに衣玖が
許してくれなさそうだし……はぁ、残念だわ」
天子は溜息を零す……が、それの一瞬のこと。すぐに覇気を取り戻した。
「それにしても、
本当に幸せな時間だったなあ……」
蘇るのは、地上の友人と過ごした楽しい時間。
そして、その時間が確かに存在したことを示すように、
彼女の手には、甘い香りを放つチョコレートが握られていた。
「確か、紫苑の手作りチョコレートとか
言っていたっけ。
形は歪だけど、味はどうかしら?」
いかにも貧乏神が用意したらしい貧相な包みに入ったチョコレート。
しかし、少なくとも比那名居天子にとっては、それは世界でたったひとつの大事な宝物だった。
「天界じゃあこんなものは
絶対に手に入らないわね。
むしろ率先して捨てられそうだわ」
天子はチョコレートの包みを開き、口の中へ放り込んだ。
「んー……少し舌がぴりぴりするけど、
味は悪くないわね。
あの子、意外と料理が上手いじゃない」
なお、貧乏神が作ったチョコレートが無害なわけはなく、
それを食べた他の人間は、軒並み酷い中毒症状を起こした。
「また作ってもらいましょう。
……やっぱり今度は私も一緒に作ろうかしら。
私のお手製チョコレートで頬を落とす、
あの子の姿を見てみたいし」
地上にいられる時間は限られている。
しかし、その時間のことを考えるだけでも、毎日が楽しくなるような気がする天子なのだった。