ここは最凶最悪の姉妹の仮住まい。質素で少々古ぼけてはいるが、ふたりは幸せそうに暮らしている。   「ちょっと、姉さん! 邪魔しないでくれる!?」   ……幸せそうに、暮らしている……はずだが、今日は何やら様子がおかしい。  
「えー、いいじゃん。女苑のケチー。 一口ちょうだいよ~!」
台所で質素な割烹着に身を包んだ女苑は、泣きついてくる紫苑を足蹴にする。   「もう見ちゃダメ!
完成するまで絶対に見ちゃダメだから!!」  
女苑はどうにか紫苑を台所から追い払うと、借りてきたレシピ本を開く。 今から作る料理は、外の世界の文化――バレンタインのチョコレートだ。
「完成するまでは何がなんでも
姉さんにバレるわけにはいかない!」  
バレンタインは「素直になれる日」だと霊夢たちから聞いていた女苑。 普段、何かと姉にきつく当たりながらも、そのことを申し訳なく感じている彼女は、 そんな特別な日くらいはと、チョコレート作りに励む。  
「ねえ、一欠片だけでいいから~! ちょっとでいいからさ~!」
「まったく、姉さんったら諦めが悪いんだから……
えーっと? まずはチョコレートを――」  
紫苑をいなしながら、気持ちを込めてリズムよく、チョコを刻む。 次にカチャカチャと音を立てて、塊が無くなるまで綺麗に溶かしていく。 台所や割烹着にチョコレートが飛び散り、決して手際がよいわけではなかったが、ただ一心不乱に。 そんな真剣な女苑の背中を、紫苑は嬉しそうに、ただ黙って見つめるのだった。