「出来た~? ねえ、出来たら味見させてよ~! ねえってば~!」  
紫苑の声が背後から近づいてくる。今姉に見られるのはマズイ。   「ちょっと黙ってて! 今、大事なところだから!
失敗したら味見も出来ないよ!?」   「そうなの!? わかった! 静かに待ってる!!」
声が離れていくのがわかる。これで集中して、仕上げが出来る。   「…………とはいえ、こんな急に
静かになられても、やりにくいんだけどなあ」  
静かに待ってろと言ったのは自分だが、普段が賑やかなだけに調子が狂う。   「えっと、次は……溶かしたチョコを
型に流し込んでっと……」
溶かしたチョコレートを、そっとゆっくり、型に流し込んでいく。 完成が近づくにつれ、緊張も高まる。 自分はこれから姉に素直な気持ちを伝えるのだと思うと、女苑の手は震えた。   「こんな感じかな?
もうちょっと入れたほうがいい?
んー……きっと、いっぱい入れたほうが
姉さんも嬉しいわよ、うん!」  
紫苑の喜ぶ姿を想像して、女苑はレシピ本に書かれている分量よりも多く流し込む。
「よーし、後はこぼさないように焼くだけね!
意外と簡単じゃないの!」  
姉は喜んでくれるだろうか。自分は素直に感謝を伝えられるだろうか。 期待と緊張が、色濃くなる。 女苑は、じっくりと焼かれていくチョコレートをぼんやり眺めながら、 早く焼けてほしいような、ほしくないような、そんな不思議な気持ちになった。