人と妖怪が暮らす幻想郷だが、基本的に妖怪は人間の里には、むやみに近づかない。 下手に妖怪が里を闊歩すれば騒ぎになるし、 事を起こして博麗の巫女に見つかれば、どんな目に遭うかわからない。   好き好んで危険を冒す者はそうそういないが、中には人間に紛れ、ひっそりと里で生活する者もいる。 赤蛮奇――ろくろ首の妖怪である彼女もまた、そんな変わり者のひとりだ。   人間と敵対するつもりも慣れあうつもりもない、ただ静かに暮らしたいだけ。 それが、赤蛮奇のささやかな願いだったのだが……
「っ……! どうして私がこんな格好で、
こんなことしなきゃならないんだ……!」  
いつもクールな赤蛮奇。しかし今、彼女はエプロンを身に着けて給仕の仕事をさせられていた。 他人に興味を示さず、極力関わろうとせずに生きようとも、長く里に住んでいれば縁も生まれる。 ――店員が倒れちゃって、お店が回らないんです! 助けてください! 独りを好む彼女とて、馴染みの甘味処の娘に頼まれて即座に断れるほど、薄情者ではない。
気づけば着慣れぬエプロン姿。幸いにも、あるいは折悪くも、店はいつにない大繁盛。   「今度はそっち!? い、今行く……! ……こんな姿、影狼やわかさぎ姫に
見られでもしたら……」  
それにしても、この店はこんなに繁盛していただろうか……あまりに多い客に、赤蛮奇は首を傾げる。 慣れない新米給仕の恥じらう姿が評判になり、かえって客が増えていたことを、彼女はまだ知らない。