幻想郷のいずこかにあるという八雲紫の屋敷。
それを管理するのは、式神である藍の仕事だ。
妖怪とはいえ、しょせんは式神……などと彼女を侮った者は、もれなく痛い目をみることだろう。
八雲藍は九尾の狐。さまざまな文献で登場する、強力な妖怪である。
藍は紫への高い忠誠心を持ち、たとえ命令がなくとも、いざとなれば命を懸けて侵入者を迎え撃つ。
が――それはあくまで有事の話。なにもなければ、その実態は召し使いとそう変わらない。
「……うん、味付けはこれでよさそうだな。
これなら、紫様のお口にも合うはず」
妙に似合う割烹着姿で台所に立つ藍。そこに威厳ある強力な妖怪としての佇まいは、ない。
「朝餉あさげが済んだら、
昼前にお掃除もしておかなくては。
紫様はすーぐスキマになんでも放り込んで、
あれがない、これがない、ってなるんだから」
式神だからか、それとも藍自身の性格ゆえか、紫のズボラさに呆れることもない。
炊事、洗濯と、紫の身の回りの世話はなんだってこなす、完璧な召し使いの姿がそこにあった。
「そういえば、橙はどうしてるかな。
少しは成長しただろうか?
今度、様子でも見にいってあげよう」
強大な力を持つ九尾の狐にして、幻想郷の大賢者・八雲紫の式神……のはずなのだが。
自分の式神である橙のことを考える様子は、もはや子を心配する母の様だ。
人と妖怪が共存する幻想郷に住むならば、妖怪もまた人のように生活するのが自然なのだろうか。