口にした事象が逆転するという、特殊な能力を持つ月の民――稀神サグメ。 下手に言葉を放てば、干渉した現実を本人の意思に関係なく歪めてしまう。 その能力が災いを起こさぬよう、彼女は日ごろから口数少なく過ごしている。 しかし、どうやら本日は違う様子だ。 夢の世界と呼ばれる亜空間で、彼女はかつての協力者との世間話に花を咲かせていた。  
「あなたもすっかり丸くなりましたね。 月の民からも恐れられた舌禍の女神が、 今では見る影もないじゃないですか」
「みんなが、勝手に怖がっていただけでしょう。
……私は、今も昔も、変わらないわ」   「そうですかねえ。私からしてみれば、 今のサグメさんは棘が取れた感じに見えますが」  
「……私、そんなに刺々しく見えていたの?
これでも、愛想はよくしていたつもりなのだけど」
「失礼を承知で言わせてもらいますが、 正気ですか? これ以上ないってぐらいに不愛想でしたよ」  
夢の世界の管理人――ドレミー・スイートの歯に衣着せぬ物言いに、 サグメは割と本気でショックを受ける。 サグメとしては、自分が言葉を発せない分、 それ以外の点で好意的に見てもらえるように振舞っていたつもりだった。 しかし、どうやらその努力は通じていなかったようだ。
「まあ、でも、仕方がないんじゃないですか? 能力のせいでバイアスが かかっていると思いますし」  
寡黙なサグメは、端から見れば何を考えているのか分からない。 その上、制御不能の恐ろしい能力を持っているのだから、恐れられないはずがない。 いくら愛想よく振舞ったところで、根底にある恐怖が払拭されることはないのだ。
「……いっそのこと、
今後は好き勝手に喋ってみようかしら」   「下手したら世界が滅亡しちゃうので、 絶対にやめてくださいね」  
彼女のおちゃめな一面を知るドレミーは、すかさずそう指摘するのだった。