命蓮寺へと続く階段を一段、また一段と上がっていく、紫色の大きな傘。 近くを通り過ぎる人間は、こんな大きなものを いったい誰がさしているのかと、不思議そうにのぞき込んだ。   「こちらをずっと見て……どうしたの?
もしかして……私の顔が、気になるの?」  
持ち主の足が止まり、ぐるりと人間のほうを向いた。 傘の表面には、ぎょろっとしたひとつ目、大きな口から垂れ下がった、真っ赤な舌。 紫色の傘は、妖怪傘だった。
「ふふふ。ふふふふふ。
いいわ、見せてあげる。私の顔を」  
妖怪傘に見つめられ身動きできない人間は、身構えた。 傘の影に隠れているのは、見てはならないこの世ならざる者なのではないか、と。   「ひゅ~……どろどろどろ~……
うーらーめーしーやー!」  
だが、傘の下から顔を見せたのは、醜い化け物――などではなく、可憐な少女だった。
「人間かと思ったら、
実は泣く子も黙る唐笠お化けでした!
どう? どう? びっくりした?」   そう言って、悪戯っぽく笑う少女。 人間は一瞬だけ驚くものの、胸をなでおろし、そしてすぐに微笑んだ。 絶望し、大きな声をあげたのは、少女のほうだった。   「こ、こんなはずじゃなかったのにー!」
慌てて階段を駆け下り、近くの草むらに飛び込む小傘。   「うぅ……また失敗しちゃった。 みんなに一緒に考えてもらった、
渾身こんしんの作戦だったのに!
どうしてみんな、私に驚いてくれないの~!?」   不条理な世の中に涙しつつも、彼女はひとり反省会を開始する。 次こそは、やって来た人間を驚かしてやる、と心に誓いながら――。