無口だとよく言われる。 そんな彼女――稀神サグメは、理由があってしゃべらないようにしていた。 『口に出すと事態を逆転させる程度の能力』。 口にした言葉によって、すべての事象を逆に進めてしまう恐ろしい能力。 考えていることと逆のことをやろうとする天邪鬼あまのじゃくと違い、 彼女は口にした言葉によって世界を逆に動かすことができてしまう。   (私は何も口にしてはいけない……
みんなのためにも、ずっと黙っていよう……)
楽しそうにしているみんなを遠目から見つめて、口を開こうとしては、すぐに閉じることを繰り返す。 尊敬する永琳たちが暮らす幻想郷。 その魅力を知るために、彼女は何度も足を運んでは、のんびりとした時間を過ごしている。 賢者として月の都を守っていたときとはまったく異なる、平和な時間。 何事も起こらない日常の中で、サグメはかつての部下である鈴瑚や清蘭が営む団子屋を訪れていた。   「……元気そうで何より。とても美味しそうな
お団子ですね、ひとついただけるかしら?」
サグメに悪気はなく、ともに月の都を守った仲間の商売を応援したいと考えていたのだが……。 ――不覚にも、彼女の能力がここで発動してしまう。 先ほどまで元気に団子の販売をしていた2人の様子が急変。腹痛を訴え始めた。 それだけでなく、なんと団子の味も落ちてしまっているらしい。 鈴瑚と清蘭は、突然の事態に慌てて店じまい。薬をもらうべく、永遠亭へと駆けていく。 一方、団子を買ってご満悦のサグメは、人間の里の一角でしばし休憩していた。   (うん、これは美味しい……
さすがは鈴瑚と清蘭のお団子ね)  
団子を口いっぱいに含んで、もちもち感を楽しむサグメ。 能力が発動する前に買った団子は、頬が落ちてしまいそうになるほどに絶品だった。
(それはそれとして、
さっきのはよくなかったわ……。
きっと、二人にも
迷惑をかけてしまったわよね……)  
彼女の能力は、ほんのささいなことで発動してしまう。 いつもは余計なことを言わないように気をつけているのに、つい気を抜いてしまったのだ。
(団子は……せっかくだし、八意様たちへの
お土産に持っていきましょう。
喜んでもらえると、いいのだけれど……あと、
余計なことは言わないように、気をつけないと)  
敬愛する永琳相手に、迷惑をかけるわけにはいかない。 団子を袋に包みながら、サグメは物を言わずに、そう決意した。