月での異変が解決してから、稀神サグメは頻繁に幻想郷を訪れるようになった。 特に人間の里がお気に入りで、月にはない料理や物品が手に入ることから、頻繁に訪れている。   (相変わらず、大きなお屋敷……
あの人が好みそうな雰囲気だわ……)  
そんな彼女が今日足を運んだのは、迷いの竹林の奥にある永遠亭。 彼女が尊敬する元・月の民が暮らしているこの屋敷に、彼女は一人で訪れていた。   「……せめて、事前に連絡を
入れておくべきだったかしら」
首を伸ばして門の奥を覗き込んだり、周囲に誰かいないかきょろきょろ見渡したり。 露骨にそわそわするサグメは、端から見るとただの不審者でしかないが……彼女はそれに気づかない。   「せっかく来たのだから……出迎えぐらい、
あってもいいと思うのだけれど……。
……連絡を入れてなかったから、
私がここにいるって、気づかれていない……?」  
もしかしたら全員留守にしているかもしれない。不安がもやとなって彼女の胸の奥にくすぶり始める。 帰ろうか、それとももう少しだけ粘ろうか。 きょろきょろそわそわとサグメが視線をさまよわせていると――
「あら、誰かと思えばサグメじゃない。 こんなところで何をしているの?」  
――彼女は後ろから声をかけられた。 慌てて振り返ると、そこにいたのは目的の人物。 サグメが尊敬する月の天才、八意永琳だった。   「こんにちは……ちょうど近くまで来たので、
挨拶でも、しようかと……」
「あら、わざわざご苦労様。ごめんなさいね。 今日は私以外、みんな留守にしていて……。 私もちょうど、買い出しから 戻ってきたところだったのよ」  
「それは残念。では、また出直してくるとします」  
「あ、ちょっと待ちなさい」
踵を返そうとするサグメの肩を、永琳はむんずとつかむ。  
「せっかく来てくれたんだもの。もてなしぐらい させなさい。――嫌とは、言わせないわよ?」  
そんなこと言うはずがない。だって私は、あなたに会いにきたのだから。 ――とは、さすがに言えないので、サグメは口を押さえたまま、静かに首を縦に振った。