店の壁に空いた巨大な穴。 自らの手で作り出した破壊の跡を前に、霖之助は悪辣あくらつな笑みを浮かべる。   「……本気を出せば、こんなものかな。 僕はこれから、
新たなるステージに足を踏み入れる」  
香霖堂の売り物のひとつである大きなソファに座りながら、霖之助は得意げに口元を歪める。 巷で噂になっていた「ユメミタマ」というやつが、自分にもやってきたらしい。 触れたものに力を与える不思議なシャボン玉。そして与えられたものは―― 目の前の壁の穴を見れば、一目瞭然だろう。
「どうして幻想郷では
彼女たちの存在が大きいのだろうか。
どうして彼女たち以外の存在は、
力なき者として過ごさなければ
ならないのだろうのか!」  
霖之助は無力な存在だった――そう、ほんの数刻前までは。 彼は手にしてしまった。強大な力を。
「きっかけというのは、
なんの前触れもなく訪れるものだ。
これで僕もヒロインに……
いや、ヒーローになれるわけさ!」
  運命の螺旋らせんの行方は誰にも分からない。かの吸血鬼ですらも、完璧に把握することは不可能だろう。 だからこそ、人はそれを奇跡と呼ぶ。
そして奇跡は、人を立ち上がらせるには十分すぎるほどに光り輝いている。 主役の方々にはそろそろ舞台を降りてもらおう。ここからは、脇役が脚光を浴びる時間だ。   「誰も予想できない大仕掛けを見せてやろう。
この力さえあれば、それが可能だ。
僕が幻想郷の猛者たちに恐れられるような――」  
新たな思惑を胸に秘め、彼はひとり高らかに笑った。   「ふふふ、はははははは!!」
ははは――――。自分の笑い声で目が覚めた。 目の前の壁には穴は空いていない。先程まで感じていた力の湧き上がる感覚もない。  
「自分の笑い声で起きるって、相当だな」
  傍から、けらけらと聞き馴染んだ笑い声がする。   「……魔理沙。君はいつからそこに居る?」  
「香霖が不用意にユメミタマに触って
とり憑かれたとこから、だな。楽しかったか?」
ユメミタマにとり憑かれると、その人は「誰かがその人に対して望んだ姿」になるらしい。 スペルカードを使い、空中で弾幕戦を披露する――そういう姿の僕を、誰かが望んだのだろうか。  
「いやいや、それは香霖自身の願いだろ」  
「そんなわけあるか、僕はいまの
平穏な生活に十分満足してるんだ。
弾幕ごっこに憧れはないよ」   僕に憑いたユメミタマを、ダンマクカグラで浄化したのは魔理沙らしい。 浄化後もなぜか僕が眠りこけ、妄想の世界から出てこないので、ニヤニヤしながら見ていたそうだ。
僕に弾幕ごっこへの憧れはない。 人外の「ごっこ遊び」に真正面から関わったところで、楽しみを感じないだろう。 少女たちが繰り広げる幻想的で破壊的な世界に、僕が介入する余地はない。   ただ、もし誰かが、森近霖之助にそうあって欲しいと願っているなら。 この人妖が自由に空を飛び、様々な道具を使い、弾幕を巧みに操る姿を思い描く誰かがいるのなら、 その過ぎた妄想に少し付き合うのも、悪くはないかな、とは思う。 あるいは、僕が「そうしている」世界がどこかにあったとしても―――  
「ほら、やっぱり弾幕ごっこしたいんだろ?」
  その前に、この横にいる魔法使いには、 人は魔法を使わずとも他人を黙らせることはできる、ということを教えなければならないのだろうか。