かつて、ひとりの少女がいた。
桜のような髪を持ち、『歌聖』と呼ばれた父の元に生まれた、無邪気な少女。
彼女の父は、ある日、死を迎えた。
満開になった桜の下で死にたいという、己の望みを果たすかのように、
それはもう立派な桜の木の下で、永遠の眠りについた。
すると、歌聖を慕っていた者たちもその後を追うように、満開になったその桜の下で命を落とした。
数多あまたの血肉を、行き場を失った生気を吸った桜の木が
妖怪桜になるまでに、そう時間はかからなかった。
西行妖と呼ばれるようになった桜の下で、ひとり、またひとりと命を落としていく。
そしてついに、少女の番がやってきた。
彼女は、父が愛した桜が人を殺すだけの妖怪になったことを嘆き、西行妖の下で自ら命を絶った。
もう、誰も死なせたくない――そんな彼女の願いが届いたのか、西行妖は封印された。
「西行妖が満開になったら、
どれだけ素敵な光景が見られるのでしょうね。
寒いだけの、暗いだけの冥界じゃない、
美しく華やかな、新たな冥界が見られるかしら?」
亡霊となった少女――西行寺幽々子は、西行妖の下に何が封印されているのかを知らない。
彼女の反魂はんごんの術が成功して、西行妖の封印が解け、桜の下の死者が生き返ったとき、
桜を愛した少女は千年の時の流れを経て、再び死を迎えることだろう。
当然、少女が亡霊化した存在である幽々子も無事では済まない。
幽々子の無自覚な自殺が成功するのが先か、勇気ある若者たちが異変を止めるほうが先か。
その行く末を知ってか知らずか――西行妖は今まさに満開の時を迎えようとしていた。