『口に出すと事態を逆転させる程度の能力』 それは、月の賢者である稀神きしんサグメに与えられた、あまりにも扱いが難しい危険な能力。 なんらかの事象に対して発言をしただけで、彼女の意思とは関係なく、事態が逆転してしまう。 当然、おいそれと使っていい能力ではない。 だからサグメは、能力がみだりに作用しないよう、常に口を塞いでいる。 月の都を歩いているときも、部下に指示をするときも、親しい者のそばにいるときも。   (……でも、あまりいい顔は
されないのよね。当然だけど)
言葉を発さない彼女が何を考えているのか。それを推し量れるものは、そうは多くない。 そのせいで、周囲の者から冷たい印象を抱かれることも少なからずある。   (平穏が守られるのであれば、
どう思われようとも構わない。
この月の都を正しく導くことこそが、
賢者としての私の使命……)  
寡黙で冷徹――そう思われている彼女だが、その内心では誰よりも月の都の平和を願っている。
(月の都は幻想郷とは大きく異なる。
月には月の暮らし方がある。
この平和をどれだけ長く続けられるか……
……仕事は山積しているわ。
ああ、願わくば、永遠の夜に包まれたこの都が、
いつまでも平和であらんことを――)  
心優しい片翼の賢者は、今日も口をつぐみ、静かに月を想うのだ。