用意した麦飯とともに窓辺に腰を下ろしながら、飯綱丸龍いいずなまるめぐむは酒をあおる。   「ふぅー……うむ、味は悪くない。
度数が低めだが、それがまた料理を引き立たせる」  
そもそも天狗てんぐが酒に強いのはあるが、今日の龍は酒に溺れるつもりはない。 また明日からは激務の毎日が始まるのだ。 休暇とはいえ、ほどほどにしておかなくてはならない。
「しかし、ひとりで飲む酒というのは
寂しいものだな。
文か、はたてでも
呼んでおくべきだったか……ん?」  
麦飯に伸びていた龍の手がふと止まる。 窓の外に広がる絶景、それが目に留まったのだ。 妖怪の山を黄昏たそがれ色に染める無数の紅葉もみじと、そこで生きる天狗てんぐたちの活発な姿。 心を亡くしていたせいで見過ごしていたが、こんなにも美しい光景が自分の周りにあったとは。
「……この景色を見られるのであれば、
普段の忙しさなど些末さまつなことだな」  
龍が満足したように窓から視線を外すと、一羽の鴉からすが紅く染まった葉をくわえてやってきた。   「ふふ……お前も、私と一緒に
紅葉もみじを肴さかなに一杯やるか?」  
広がる紅葉もみじを楽しみながら、酒で火照った身体からだを秋風で涼ませて。 飯綱丸龍は、束つかの間の休暇を静かに堪能たんのうするのであった――。