永遠亭えいえんていで作った薬を人里に売りにいくのが、 鈴仙れいせん・優曇華院うどんげいん・イナバのお仕事だ。 だが、彼女はその人の好さから、仕事とは関係なく人助けをすることもある。 今回はそのひとつ。 病床に伏す老婆のことが気にかかり、その面倒を見てあげていた。 治療用の薬を混ぜた粥かゆを、老婆の口元まで運ぶ鈴仙。
身体からだは衰弱し、目もほとんど見えていない老婆は 粥かゆを呑みこみながら、思い出話をこぼし始めた。 子供のころから月が好きだったこと。 月の兎うさぎといつか一緒に餅つきをするのだとはしゃいでいたこと。 目を悪くして、月を見ることがかなわなくなってからも、 近所の友人たちの手を借りて、月見の用意だけはしていたこと……。 ――今日が、その月見の当日であること。
「……そっか。じゃあ、おばあちゃん。
今から私と一緒に、お月見しましょうね」  
月のことを親しげに語る盲目の老婆に、鈴仙は優しく微笑ほほえむ。 月の兎うさぎと一緒に餅つきをしたい、その願いはすぐにでも叶かなえられる。 しかし、鈴仙は正体を偽って人里にいる。 今ここで妖怪であることをばらすわけにはいかない。 だからせめて、やれるだけのことを、この患者にしてあげたい。 ゆえに、鈴仙は自分の正体を明かすことなく、 ただのしがない薬売りとして、老婆の月見に付き合うのだった。