「あっははは、正体不明の弾幕の餌食になれ! あんたなんかもうきらいだ―!」   妖怪の山の空に二人の影が飛び、鮮やかな弾幕が空に広がる。 少し前、ぬえが正邪に向かって弾幕を放ち、正邪を追い立て始めたのだ。 慌てて逃げた正邪だが、地上では避けきれずにやむなく上空へと飛ぶことになった。  
「だーーー! 急に攻撃しやがって、んなことしたら……」
天狗たちがそれに気付かないはずもなく、大量の天狗が森や空から飛び出してくる。 その数はかなり多い上に、年末に仕事を増やした正邪たちに殺気立っているようだ。 山頂からは、ぬえと正邪に向かい星空を思わせる無数の弾幕が飛来していた。  
「あらら……これ、まずいかも?」 口ではそう言いながら、ぬえは内心で舌を出す。 正邪を攻撃して地上から追い立てたのは、自分が協力しやすい状況を作るためのものだ。 ぬえ自身のために包囲を破る、という言い訳を用意すれば、正邪も文句は言うまい。 正邪の抗議をかき消すように、ぬえは大きく叫んだ。  
「休戦ね! 一回包囲を抜けましょうか!」
「……さて、ここからが本番。 大妖怪の腕の見せ所、ってとこかしら?」
押し寄せる天狗たちと、回避不能と言ってもいい弾幕の中。   
「おい! なに勝手に手助けしてんだよ!?」 協力する気は……」
「私もないから安心してよ。 互いに利用し合いましょう!」
「利用って……ああ分かったよ、 盾にでもなんでも使ってやる!」  
正邪は片手を振ると、『何でもひっくり返す程度の能力』で、 追手の天狗たちの感覚と視界を逆向きにする。 そこにすかさずぬえが『正体不明の種』を植え付け、 天狗たちと自分たちの姿をすべて『正体不明の未確認飛行物体』に変えていく。  
「一対一よりやり易いわね。ふふふ、 何もわからないまま、死んでいけ!」
仲間の姿も声も、上下左右の感覚も分からなくなった天狗たちが混乱する中で、 ぬえと正邪は飛来する弾幕を避け、明け方の空を疾駆した。 闘い、迎撃し、必死に逃げて……ぬえと正邪は、ようやく包囲網を脱した。  
「……なんとか逃げられたわね。 ふふ、ひさしぶりに暴れ回った気がするわ」
「私は疲れたよ。はー、誰のせいだまったく」  
明るい日の光が地平線を照らす中で、ぬえは笑う。 「いいじゃない、逃げきれたんだし。 こんな綺麗な日の出も見れたんだもの」
「け……嫌いだね、日の出もお前も」
「そう言って笑ってない? 素直じゃないわね」
「……ふん」  
妖怪の山で攻撃したことについて、正邪は言及して来なかった。 かといって離れるでもなく。ただなんとなく二人で空を飛び、同じ方向に逃げている。 正邪がそうする理由は分からないし、ぬえも尋ねる気はない。 ただ、澄んだ風に身を任せて飛ぶ今があれば、それで十分に思えた。  
「私にもお前にも日の出は似合わねーだろ。 あんまり似合わないから嗤わらっただけだ」
「ぷ……あはは、それはそうね。 その通りだわ。日陰者だものね、私たち」  
朝の風を切り、日陰者たちは空を飛ぶ。 西の空に向かう二人の楽しそうな声が、輝かしい朝日の中に響いて消えた。