「つまるところ、新たな歴史の創造とは
未来への歩みだ」
「歴史を創る力は未来を創る。
未来を見据える人間は、後向きで前に進むのだ」
「次の歴史を創る若者が過去を学び、
実践を通して未来を創造していくことで……」
くどくどと長ったらしい口上が、寺子屋から聞こえていた。
生徒たちはほとんどの者が話を聞き流し、退屈そうに授業の終わりを待っている。
そんな中、生徒の一人が口を開いた。大工の棟梁の息子で、気の強さを感じる少年だ。
「けーねせんせー!
授業の時間はとっくに過ぎてるぜよ!
時間はちゃんと守れって
せんせーが言ったことじゃろ!」
「う、私の言葉を持ち出すか……
わかったわかった。 時間を過ぎたのは悪かった」
生徒の物言いはぞんざいなものだったが、授業の時間を大きく過ぎているのは確かだ。
慧音はしぶしぶといった様子で教科書を閉じると、授業の終わりを宣言する。
「今日の授業はここまでだ。
みんな、年末と正月を有意義に、
安全に過ごすようにな」
子供たちが口々に挨拶を交わし、賑やかに寺子屋を後にする。
その姿を見送ってから、慧音は感慨深く呟いた。
「やれやれ、なんとも多忙な年だったな」
今年は、本当に大変な年だったのだ。
ユメミタマのせいで、歴史の編纂作業が増えた。人里の安全確保に奔走することにもなった。
もっともそれは過ぎたこと。今残るのは、年末に行う歴史の編纂だけだ。
来年にはまた大量の事件が起きるだろうが、それは来年にこなせばいい。
「さて、あとひと踏ん張りだ。
ユメミタマの騒動も、
来年には終わればいいんだが……」
――師走の夜。慧音は人間の里を見下ろせる場所に足を運び、夜空を見上げた。
今年最後の満月を瞳に映すと、妖怪であるハクタクの力が目覚めてくる。
人間から妖怪へと変化していく中で、慧音は厳かに口を開いた。
「新幻想史 -ネクストヒストリー-」
歴史を創る程度の能力。スペルカードとして応用したものではない本来の使い方。
巻物に綴られた文字が光となり、慧音の周囲で渦巻いていく。
本来は存在しなかった歴史。事実ではない過去の出来事。訪れていない未来の出来事。
それが幻想郷に歴史として刻み込まれていく。
誤りのないよう丁寧に、時間をかけて歴史を幻想郷に浸透させると、慧音はさらに、
創った歴史や消した歴史との矛盾点を、新たな歴史によって塗りつぶす。
そしてようやく慧音が歴史の改変を終えたとき、空は既に白みはじめていた。
「ようやく、終わった……」
ふう、と、疲労した様子で眼を閉じる。
目蓋の裏に浮かぶ子供たちの姿。
彼らは創られた歴史を学び、消された歴史を知らずに育つことだろう。
そのことに罪悪感がないといえば嘘になるが……。
「……良い年になりますように」
昇ってきた陽の光にゆっくりと目蓋を開き、慧音は呟く。
一年、一年、人間にとって貴重な年月が、少しでも良いものになるように。
そんな祈りを込めながら、慧音は朝日に照らされた人間の里を眩しそうに眺めた。