名とは器であり、存在と力を縛る枷だ。
そこから解き放たれるには、自らの名を捨て、無名の存在となればいい。
復讐のためには、必要なことだ。
「 」
音なき声。
それは、名の束縛から解き放たれた一人の復讐者の、産声だったのかもしれない。
遠い昔のまどろみから、純狐じゅんこは目を覚ます。
故郷の星……地球が映る海の上を浮遊する純狐じゅんこは、
すぐに今の状況に思考を巡らせて、静かなため息を吐いた。
「また、お前に届かないのね」
復讐すべき怨敵、嫦娥じょうが。
彼女は今、月の民と共に夢の世界にいる。
そこは言うなれば袋小路ふくろこうじだ。月の民も嫦娥じょうがも逃げ場はなく、打つ手もない。
そのはずだった。
「まさか月面に地上人を送り込むなんて、
いつから穢けがれに寛容になったのかしら?」
月の賢者の策だろう、
月面に送り込まれた地上人がクラウンピースを打ち破り、こちらに向かってきている。
穢れを嫌う月の住民が取る策とは思えなかったが、
それ故に純狐じゅんこはこの事態に対抗する手段を持ちえなかった。
完全に策が潰えたわけではないが、賢者の知能を考えれば、他の手にも対策は取られているはず。
月の賢者の奇策によって、純狐じゅんこの策は終わりを迎えたのだ。
「口惜しい……」
呟いた言葉を噛み締めるように、純狐じゅんこは薄く瞼を閉じ、深く息を吐く。
送り込まれた地上人が純狐じゅんこの元に辿り着いたのは、それからほどなくしての事だった。