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妖怪の山
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古明地 こいし:
あ、いたいたー。
こんにちは、天狗さん。
射命丸 文:
あら、どうも。何かご用ですか……って、
この間の取材の件についてでしょうかね。
古明地 こいし:
うん、そう! 私の記事は書けた?
射命丸 文:
あー。まあ、書くことは書いたんですが……。
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一日前
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射命丸 文:
さとりさん。
ひとつ、お聞きしたいことがあるのですが。
古明地 さとり:
はい? ……ああ、宝物の寄せ集めから
助け出した時の、こいしのことですね。
古明地 さとり:
ええ、そうです。あの一瞬、あの子の「目」は、
……ほんのわずかですが、開いていましたよ。
射命丸 文:
やはり、そうでしたか。
あの、心を読む第三の「目」が……。
射命丸 文:
しかし、なぜでしょう。彼女は、自分自身で
その目を固く閉じたと聞いていますけど。
古明地 さとり:
興味がわいたのかもしれません。自分のルーツを
探っていくことで、自分を取り巻く世界への興味が。
射命丸 文:
興味……、ですか。
古明地 さとり:
あの子は、「目」を閉じることで、誰もが嫌う
この心を読む力と、自分の心を閉ざしました。
古明地 さとり:
それからは、他人から認識もされにくくなり、
世界との接点が希薄な存在になってしまった。
古明地 さとり:
そんなあの子が、世界に興味を持ったとしたら。
もっと知りたいと思ったのだとしたら……。
射命丸 文:
……閉じた目を、開かねばならない?
古明地 さとり:
すべては推測にすぎません。あの子の心は、
結局また閉じてしまったのですから。
射命丸 文:
それなら、なぜ一瞬で目を閉じたのでしょうか。
嫌われ者に戻るのが嫌だったのか……。
古明地 さとり:
あるいは、あの一瞬で見たいものが見られたから
満足したのかもしれませんね。
射命丸 文:
真実は闇の中……ですか。では、あの目が
開いていた裏が取れてしまったとなると……。
射命丸 文:
やはり、この記事は世に出さない方がいいですね。
古明地 さとり:
……いいのですか。それは、貴方が
昨日書き上げた、あの子の記事でしょう。
射命丸 文:
だって、せっかく心を読む恐ろしい妖怪が一人
役立たずになっているんですよ?
射命丸 文:
なのに、目を開けたくなりそうな記事を出して
読者を不安にさせるわけにいかないですしねぇ。
古明地 さとり:
……そうですか。目を開けたあの子が
傷つかないかと心配しているのですね。
射命丸 文:
……は。
古明地 さとり:
あの子が満足して目を閉じたのなら、自分は
余計なことをするまい。そう案じているのね。
射命丸 文:
……ああ、もう。まったく。
これだから、サトリ妖怪は嫌なんですよ。
射命丸 文:
……えーっと。
まあ色々ありまして、記事はボツになりました。
古明地 こいし:
えぇ~~っ!? なんでなんで!?
うぅ。私の記事、読みたかったよー……。
古明地 こいし:
まあいいや。それより、じゃじゃーん!
これ見て!
射命丸 文:
カメラに手帳? どうしたんですか。
まるで、取材におもむく記者のようですけど。
古明地 こいし:
そう!
今日はね、私があなたを取材するんだよー!
射命丸 文:
あやややや。私の取材ですか。
古明地 こいし:
うん。いっぱい写真撮っちゃうんだから!
射命丸 文:
これは困りましたねぇ。新聞記者が
そう簡単に撮られるわけにはいきません。
射命丸 文:
というわけで、私は逃げます!
もし追いつけたら、写真を撮らせてあげますよ!
古明地 こいし:
あー! 待ってよー!
もう、絶対に撮ってみせるんだから~!