voice: 10303050010 演出チーフ 次回公演は3年ぶりの定期演目、『マクベス』とする。 演出はすべて私ひとりで担う。

voice: 10303050020 銀河座団員たち 「チーフひとり?」「演出がチームじゃないのっていつ以来?」  「肝いりってことでしょ。ネームバリューもあるし……」

voice: 10303050030 緋花里 やっぱり、あの噂は本当だったってことかな、雪……。

voice: 10303050040 くそ、思ったよりもマズい状況だ。 いよいよワタシ達のクビも危ないぞ……。

voice: 10303050050 緋花里 沖縄帰らなきゃなの!?

voice: 10303050060 演出チーフ 私語が多いぞ、黙って聞け。

voice: 10303050070 緋花里 雪のせいで怒られたさ……!

voice: 10303050080 お前が言い出すからだろ!? ヤバいんだから集中しろ!

voice: 10303050090 ……皆さん、さすがに勘づき始めていますわね。

voice: 10303050100 (普段は監修を務める大先生が、数年ぶりに現場に戻った。  それは、自身の演出家生命を賭けて挑んでいる証拠……)

voice: 10303050110 (銀河座は、そこまでの苦境に立たされているということですの?   先生……)

voice: 10303050120 演出チーフ 配役については通例通り、指名およびオーディションで決定する。 質問はあるか? 

voice: 10303050130 ラモーナ 失礼。聞かせてもらえるか。

voice: 10303050140 ラモーナ 貴女が直々に演出を行うことからして、 此度の舞台には、銀河座の威信がかかっているのだろう。

voice: 10303050150 ラモーナ であれば我々も、銀河座のために準備をしておきたい。 どの役を指名とするか、先に教えてもらえるか。

voice: 10303050160 演出チーフ 検討中だ。今言えることは何もない。

voice: 10303050170 ラモーナ 待ってくれ。では我々はなんの情報もないまま、 配役の時を待って稽古を重ねろと言うのか? 

voice: 10303050180 ラモーナ 主役級の役で実力を示さねば、立場が危うい者もいる。 貴女もそれは理解しているはずだ。

voice: 10303050190 演出チーフ それは普段と同じだ。何も変わらない。

voice: 10303050200 ラモーナ 今はサンクルーガイドの掲載がかかっているだろう!?

voice: 10303050210 演出チーフ お前たちが気にする必要はないと言ったはずだ。 他に質問はないなら、以上。解散。

voice: 10303050220 銀河座団員達 …………。

voice: 10303050230 ラモーナ ……のれんに腕押しか。 皆、すまない。何も聞き出せなかった。

voice: 10303050240 緋花里 う〜ん……先生も悩んでるのかな……。

voice: 10303050250 選考に直結する公演になりますもの、無理もありません。 『マクベス』には必ず、サンクルーガイドの覆面調査員が現れます。

voice: 10303050260 ラモーナ 目が肥えた調査員を唸らせる舞台を作らねばならない。 そう易々と演出方針を決められないのは理解もできるが……。

voice: 10303050270 voice: 10303050271 上が方針を示せないんじゃ、手の打ちようもないだろ。 ったく、どうすんだよ……。

voice: 10303050280 緋花里 悩むぅ〜!

voice: 10303050290 リリヤ ? 何に悩んでるの?

voice: 10303050300 voice: 10303050301 状況分かってなさすぎだろ……。 そもそも『マクベス』がどんな話か知ってるのか? 

voice: 10303050310 リリヤ きれいなものはきれい。きたないものはいらない。

voice: 10303050320 voice: 10303050321 緋花里 そうそれ! 3人の魔女の……あれ?  国が違うとセリフが違うのかな? 

voice: 10303050330 きれいはきたない、きたないはきれいだ。 どんな間違い方してんだよ。

voice: 10303050340 リリヤ 間違っているのはシェイクスピアの方。 全部読んだけど、私の方が正しい。

voice: 10303050350 ったく、話にならん。 ワタシは残って練習するぞ。緋花里もつきあえ。

voice: 10303050360 緋花里 もちろん! 他のみんなはどう?

voice: 10303050370 ……そうですわね。

voice: 10303050380 銀河座団員たち 私たちもご一緒していいですか?  オーディションまでに少しでも精度高めたいですし。

voice: 10303050390 ラモーナ ああ、もちろん歓迎だ。リリヤも来てくれ。

voice: 10303050400 リリヤ 私はいい。これからホットヨガだから。

voice: 10303050410 緋花里 じゃあじゃあ、それが終わったら――

voice: 10303050420 リリヤ その後は美容院とエステ。ついでに散歩。

voice: 10303050430 お前なあ……。 この状況でよく練習しようと思わずにいられるな……。

voice: 10303050440 リリヤ 私は私だから。

voice: 10303050450 voice: 10303050451 ラモーナ ならば、過去の公演を観てみるのはどうだ?  資料室に、以前暦が演じた『マクベス』の映像が残っていたぞ。

voice: 10303050460 ! いつの間に観たんですか……。 本当に油断も隙もない……。

voice: 10303050470 緋花里 え! 『マクベス』演ったの! 観たい!

voice: 10303050480 はあ……。もう3年も前のお芝居ですもの。 観たところで、何も学ぶところはありませんわ……。

voice: 10303050490 リリヤ それって、初魅が銀河座にいた頃?

voice: 10303050500 ……ええ。

voice: 10303050510 (——銀河座に入団してまだ日も浅かった、中学生の頃。  あの日の記憶を辿ると、いつもふたりの姿が蘇る)

voice: 10303050520 voice: 10303050521 銀河座に所属してる、今野栞です。 って言ってもわかんないか。

voice: 10303050530 (今野栞。私の数少ない、銀河座での友人。  そして私が、傷つけてしまった人)

voice: 10303050540 いつか共演しようって約束、守れなくてごめんね。

voice: 10303050550 voice: 10303050551 私はもう続けられないけど、銀河座の舞台を観て感動したから……。 私の分までいっぱい演じてほしい。

voice: 10303050560 絶対行くよ。暦ちゃんの演技、大好きだから。 楽しみに待ってるね。

voice: 10303050570 (…………)

voice: 10303050580 劇団員C 戦力外通告なんてあんまりだよ。 それもまだ二回しか舞台に立ってない子を……! 

voice: 10303050590 (当時の私は理解していなかった。  世界の厳しさも、約束という言葉の重みも)

voice: 10303050600 (いつか一緒に舞台に立とう。ふたりで高みを目指そう。  そんな浅はかな考えが、彼女を苦しめてしまった)

voice: 10303050610 (だから私は、甘えを捨てた。  自分にも他人にも甘えず、銀河座の伝統の中に身を置いた)

voice: 10303050620 (その翌年、私が中学2年生の頃。  もうひとりの役者が、私の前に現れる)

voice: 10303050630 初魅 私は連尺野初魅という。 よろしくな、暦。

voice: 10303050640 (連尺野初魅。今はEdenを率いている彼女は、  銀河座在籍時から、その才を遺憾なく発揮していた)

voice: 10303050650 (……いいえ。発揮しすぎていたのかもしれない)

voice: 10303050660 voice: 10303050661 初魅 激しい競争や型通りの演出、古いルールでがんじがらめ。 世界有数の劇団と期待して入ってみれば……正直退屈だ。

voice: 10303050670 初魅 ただ古いものは飽きられていずれ滅びていくだけだ。 私はそんなものに価値を感じない。

voice: 10303050680 (銀河座が守ってきた伝統と矜持を、彼女は否定した。  だから私は言った。言うしかなかった——)

voice: 10303050690 そんなにわがままを通したいなら、 自分の劇団でも作ったらどうですの!? 

voice: 10303050700 voice: 10303050701 初魅 優しいご忠告をありがとう。 しかし私の邪魔をするなら、構わないでくれ。

voice: 10303050710 (そして彼女が入団した翌年に、事件は起こる。  その時の演目も、『マクベス』だった——)

voice: 10303050720 初魅 『どこかで叫ぶような声が聞こえた。  ”もう眠れないぞマクベス。お前に安眠はない。お前は眠りを殺したのだ!”』

voice: 10303050730 初魅 『いつまでもいつまでも、私を責め立てる声が聞こえる。  はははっ。私はもう戻ることなどできない……!』

voice: 10303050740 (主演の座をかけたオーディションの日。  皆が演出家に従う中、彼女はその指示を完全に否定した)

voice: 10303050750 初魅 大衆が求めるのは、演じる者の魂が垣間見えるような、 新しい演劇に決まっている。

voice: 10303050760 初魅 この台本の内容は『王道』すぎる。 使い古されたマクベスなど飽き飽きだ! 

voice: 10303050770 初魅 解釈が無限にあるというのに、型にはまってばかりでは、 観客も役者も、新たな感動を得ることはできない! 

voice: 10303050780 (彼女は、銀河座を去った。  『マクベス』の主演を射止めた私を残して)

voice: 10303050790 voice: 10303050791 初魅 私が私である以上しょうがないことだ。 後戻りできない分、自分のなすべきことを行うまで。

voice: 10303050800 理由は違うけれど、ふたりは銀河座を離れていった。 出会いと別れの苦い3年間。それが私の中学時代。

voice: 10303050810 リリヤ 暦? やけに静かだけれど、どうかした?

voice: 10303050820 ……いえ。当時の演出方針を思い出していたまでです。 以前の『マクベス』と同じであれば、どの役を受けようかと。

voice: 10303050830 voice: 10303050831 くそ、昔演ってるぶん暦サンの一歩リードか……!  おいドイツ、資料室に記録映像があるって言ったな? 

voice: 10303050840 ラモーナ あるにはあるが、今から行って間に合うかだな。 争奪戦が繰り広げられている頃かもしれん。

voice: 10303050850 こうしちゃいられん!  緋花里、お前のパワーの出番だ! 確保するぞ! 

voice: 10303050860 緋花里 らじゃーッ!!!

voice: 10303050870 リリヤ 雪、『銀河鉄道』の時は映像なんて観ないって言ってたのに。

voice: 10303050880 ラモーナ 主演を経験して変わったのだろう。 まあ今回は、主演が指名かオーディションかすらも不透明だが。

voice: 10303050890 ……どなたが主演を務めるのでしょうね。

voice: 10303050900 voice: 10303050901 ラモーナ 後輩たちは皆、暦を推していたよ。 臆せず主役を目指してほしいものだが、この難局だからな……。

voice: 10303050910 (……だから私が、背負わなければならない)

voice: 10303050920 ありがたいことだと思わねばならないのでしょうね。

voice: 10303050930 ラモーナ ああ。皆、不安を感じている。 ゆえに稽古にも熱が入っている。

voice: 10303050940 ラモーナ この『マクベス』には、銀河座の未来がかかっている。 サンクルーの星を守る責務を担う、マクベス王は誰か。

voice: 10303050950 破滅する運命のマクベスに、未来を託さないでくださいまし……。

voice: 10303050960 ラモーナ おっと、そうだったな。ハハハ!

voice: 10303050970 リリヤ 私は魔女に呼び出された幻影がいい。 儚くて美しいから。

voice: 10303050980 voice: 10303050981 ラモーナ いいじゃないか、リリヤの美しさを前面に押し出せそうだ。 無論、私の狙いは主役のマクベスだ。勝負だ暦! 

voice: 10303050990 …………。

voice: 10303051000 (サンクルーの星を維持して、伝統と格式を守り抜く。  あの時、お歴々が仰ったことへの回答が、今回の『マクベス』)

voice: 10303051010 (私は、試されているのでしょうか……)