voice: 10303130010 リリヤ 『まあ。貴方のお顔はまるで書物のよう。 誰の目にも秘密を隠せず、心のうちを見透かされてしまう』
voice: 10303130020 リリヤ 『世間を欺くには、世間と同じ顔をしなければ。 うわべはきれいな花に見せかけて、茂みに蛇を潜ませるのです』
voice: 10303130030 リリヤ 『安心して私にお任せなさい。 至上の権力と称号を貴方にもたらすのは私の仕事』
voice: 10303130040 リリヤ 『暗い顔は、恐れている証拠。さっさとお捨てなさい。 あとのことは、私が引き受けます』
voice: 10303130050 演出チーフ やり直し。
voice: 10303130060 リリヤ また……?
voice: 10303130070 演出チーフ マクベス夫人は、美への執着に魂を蝕ばまれている。 セリフをなぞるだけの芝居では浅いと言ったはずだ。
voice: 10303130080 現代アート作家 ……。
voice: 10303130090 緋花里 ねえねえ、『マクベス』やるって発表されてるよ! 暦さんとリリヤさんがトレンドになってる!
voice: 10303130100 雪 SNSでは調子よくても稽古は最悪だろ。 2時間もダンカンを殺すかどうか悩んでて生殺しだ。
voice: 10303130110 ラモーナ ああ、ここまで詰まるのは珍しいな……。
voice: 10303130120 暦 ええ……。
voice: 10303130130 現代アート作家 ……失礼。 先ほどの、『浅い』という批評は、どういうことでしょう?
voice: 10303130140 暦 リリヤさんへの駄目出しのことですか?
voice: 10303130150 雪 魂のこもってない芝居になってるってことだ。 だから暦サンが言ったんだ、難しい役だって……。
voice: 10303130160 現代アート作家 ……フルートグラス。
voice: 10303130170 ラモーナ ん?
voice: 10303130180 現代アート作家 美しいけれど、からっぽのグラス。 意味がないんです。
voice: 10303130190 暦 ……。
voice: 10303130200 演出チーフ 違う。にじみ出る美への執着を見せろ。
voice: 10303130210 リリヤ でも、さっきも美しく見せようとした。
voice: 10303130220 演出チーフ 求めるのは、マクベス夫人の狂気的な美しさだ。 お前が思うマクベス夫人とはなんだ?
voice: 10303130230 リリヤ マクベス夫人……?
voice: 10303130240 リリヤ ……わからない。
voice: 10303130250 演出チーフ それを考えるのが役者だ、答えを出せ。
voice: 10303130260 リリヤ ……。
voice: 10303130270 演出チーフ 質問を変える。 お前にとって、美しいとはなんだ?
voice: 10303130280 リリヤ ……どういう意味?
voice: 10303130290 リリヤ 私は美しいから今ここにいるんじゃないの? 違う?
voice: 10303130300 演出チーフ ……もう一度、考えてみろ。 小休憩だ。
voice: 10303130310 緋花里 はい、リリヤさんお水どうぞ。
voice: 10303130320 リリヤ ありがとう。疲れた……。
voice: 10303130330 ラモーナ 苦戦しているようだが、体調は平気か?
voice: 10303130340 リリヤ 大丈夫。 どうしたらいいかわからないだけ。
voice: 10303130350 リリヤ マクベス夫人は、きれいなだけじゃいけないみたい。
voice: 10303130360 ラモーナ そうだな。序盤のマクベス夫人は、 弱腰のマクベスを引っ張っていく強気な女性だからな。
voice: 10303130370 ラモーナ リリヤの考えを聞かせてくれないか? お前から見て、夫人はどういう人物だろう。
voice: 10303130380 リリヤ きれいだけど、きたない女性。 きたないものはよくわからない。
voice: 10303130390 雪 こりゃダメだな。まるで熱意が感じられん。 こいつがマクベス夫人で大丈夫かよ……?
voice: 10303130400 ラモーナ まあ待て、リリヤは夫人を『きたない』とは思っているんだ。 考えを掘り下げてみれば、何かが見つかるかもしれん。
voice: 10303130410 リリヤ どれだけ考えても同じ。 きたないものを、きれいだなんて思えない。
voice: 10303130420 ラモーナ その思い込みの正体を探ってみるんだ。 マクベス夫人には皆の期待がかかっているんだぞ?
voice: 10303130430 演出チーフ 先ほどのシーンから再開する。
voice: 10303130440 リリヤ ……。
voice: 10303130450 緋花里 リリヤさん、応援してるよ! ちばりよーっ!
voice: 10303130460 演出チーフ 今回のマクベス夫人は、美に取り憑かれている。 美しくあることに溺れ、倫理観すら歪んだ人物だ。
voice: 10303130470 演出チーフ 彼女は美しいが、それと同時に醜い存在だ。 なりふり構わず、全力で演じてみろ。
voice: 10303130480 リリヤ ……夫人のことがわからないのに?
voice: 10303130490 演出家 腑に落ちなくとも、我々が判断してやる。 できる限りあがいてみろ。
voice: 10303130500 リリヤ ……うん。
voice: 10303130510 リリヤ 『暗い顔は、恐れている証拠。さっさとお捨てなさい。 あとのことは、私が引き受けます』
voice: 10303130520 演出チーフ 違う。もう一度。もっと芝居に熱量を込めろ。 それではマクベスを突き動かすことはできない。
voice: 10303130530 リリヤ 暗い顔は、恐れている証拠。さっさと——
voice: 10303130540 演出チーフ 美しいだけではいけない。 醜さを表現しろ、クルトベイ。
voice: 10303130550 リリヤ 醜い、きたない……。
voice: 10303130560 演出チーフ もう一度、シーン冒頭から。
voice: 10303130570 リリヤ ……稽古、長かった。 疲れた……。
voice: 10303130580 リリヤ ……。
voice: 10303130590 暦 リリヤさん。
voice: 10303130600 リリヤ 暦。 私は、美しくない?
voice: 10303130610 暦 ええと。美しいかと問われれば、 紛れもなく美しいとは言えますが……。
voice: 10303130620 リリヤ でも演出家には、今のままではダメと言われた。 一度も、ほめられてない。
voice: 10303130630 voice: 10303130631 リリヤ 美しければ、それでいいと思ってたのに。 どうして私が、マクベス夫人なの?
voice: 10303130640 暦 ……その質問にお答えする権利は、私にはありません。
voice: 10303130650 暦 ですがひとつだけ、言えることがあります。 私と同様、あなたの双肩にはこの舞台の未来が託されている。
voice: 10303130660 暦 それは理解しておくべきですわ。
voice: 10303130670 リリヤ ……。
voice: 10303130680 暦 そういえば、探しておりましたの。 作家さんから手紙を預かっておりまして。
voice: 10303130690 リリヤ 現代アートの人?
voice: 10303130700 暦 ええ。稽古を見学させていただいたお礼に、 こちらを渡すようにと。
voice: 10303130710 リリヤ ありがとう。読んでおく。
voice: 10303130720 暦 では、ゆっくりとおやすみなさいませ。
voice: 10303130730 リリヤ 手紙……。
voice: 10303130740 リリヤ (……『見学の許可をいただけて、感謝しています』)
voice: 10303130750 リリヤ (『普段の貴女は、一点の曇りもないフルートグラスのよう。 だから演じる姿を楽しみにしていたのですが、少し残念でした』)
voice: 10303130760 リリヤ ……。
voice: 10303130770 リリヤ (『美しいものは、この世にたくさんあります。 私が求めるのは、美しさだけではない魅力』)
voice: 10303130780 リリヤ (『またいずれどこかで、お会いしましょう』)
voice: 10303130790 リリヤ どうして……。
voice: 10303130800 リリヤ 私は私、きれいはきれい。 今までは、それでよかったのに……。
voice: 10303130810 リリヤ 私、わからない。 ……きれいなだけではいけないの?