voice: 10303160010 初魅 着いたぞ。決戦の舞台だ。

voice: 10303160020 リリヤ マクベス夫人は城から出ない。 こんなシーンはどの幕にもないのに? 

voice: 10303160030 初魅 見えないのか? インヴァネス城下に広がる町並みが。 窓から一歩退けば、松明に照らされた石壁と煤が香っている。

voice: 10303160040 voice: 10303160041 初魅 遠く、戦勝の宴の声が聞こえている。 ……寝首をかかれるとも知らぬ、ダンカン王だ。

voice: 10303160050 リリヤ 第一幕……。

voice: 10303160060 初魅 台本が頭に入っているなら充分だ。 お前のマクベス夫人を演じてみろ。

voice: 10303160070 リリヤ 強引……。

voice: 10303160080 初魅 眠れる才能が目覚める瞬間を見たい。 さあ、やってくれ。

voice: 10303160090 リリヤ ……。

voice: 10303160100 リリヤ 『まあ。貴方のお顔はまるで書物のよう。  誰の目にも秘密を隠せず、心のうちを見透かされてしまう』

voice: 10303160110 リリヤ 『世間を欺くには、世間と同じ顔をしなければ。  うわべはきれいな花に見せかけて、茂みに蛇を潜ませるのです』

voice: 10303160120 リリヤ 『安心して私にお任せなさい。  至上の権力と称号を貴方にもたらすのは私の仕事』

voice: 10303160130 voice: 10303160131 初魅 そしてマクベスが煩悶する。 『どうか考えさせてくれ。王を謀殺しようなど』。

voice: 10303160140 初魅 ふん、懐かしい。 お馴染みの脚本と、型にはまった演出だ。

voice: 10303160150 リリヤ ……。

voice: 10303160160 初魅 どうした、何が不満だ?

voice: 10303160170 voice: 10303160171 リリヤ ……お馴染みじゃない。アレンジはされてる。 たぶん、私が表現できないだけ。

voice: 10303160180 初魅 ほう。表現できなくとも、銀河座に愛はあるようだな?

voice: 10303160190 リリヤ 意地悪……。

voice: 10303160200 初魅 お前が抜擢された真相が読めたよ。 ならば私が、きたないを教えてやろう。

voice: 10303160210 voice: 10303160211 初魅 『まあ……! 貴方のお顔はまるで書物のよう。  誰の目にも秘密を隠せず、心のうちを見透かされてしまう……』

voice: 10303160220 リリヤ え……。

voice: 10303160230 voice: 10303160231 初魅 『……世間を欺くには、世間と同じ顔をしなければ。  うわべはきれいな花に見せかけて、茂みに蛇を潜ませるのです』

voice: 10303160240 初魅 『安心して私にお任せなさい。  至上の権力と称号を貴方にもたらすのは、私の仕事……』

voice: 10303160250 初魅 ……ひとり芝居をさせる気か? マクベス。

voice: 10303160260 リリヤ 『どうか考えさせてくれ。王を謀殺しようなど……』

voice: 10303160270 voice: 10303160271 初魅 『貴方だって求めているでしょう?   永久に美しいこの私を』

voice: 10303160280 初魅 『さあ、あとは任せてお眠りなさい。  朝日が王冠を照らすその日まで』

voice: 10303160290 リリヤ 今のは、何……?

voice: 10303160300 初魅 即興で考えたアレンジ案だ。 銀河座と趣味が合わないのは、今に始まった話でもない。

voice: 10303160310 初魅 欲望を隠さず、それすら己を着飾るものとし、夫を惑わす。 今の演技を見て、お前はどう感じた? さぞきたなかったか? 

voice: 10303160320 リリヤ ……。

voice: 10303160330 リリヤ 同じ役なのに、きれいできたないマクベス夫人なのに……。

voice: 10303160340 リリヤ 目が離せなかった。声色も仕草も、鳥肌が立つくらい、 きたないのに、きれいだった……。

voice: 10303160350 初魅 お前は言ったな。きれいはきれいだと。 なぜきれいな自分が、汚いを演じなければならないのかと。

voice: 10303160360 初魅 それは違う。あらゆるものに美は宿っている。 己の物差しだけで評価するな。

voice: 10303160370 リリヤ あらゆるものに……。

voice: 10303160380 初魅 物事は表裏一体だ。外面に囚われず、目線を変えろ。 凝り固まった美学を壊した先には、新しい美が広がっている。

voice: 10303160390 リリヤ あ……。

voice: 10303160400 初魅 お前はただ美しいから選ばれたんじゃない。 己が美しくあることを、心から求めるから選ばれた。

voice: 10303160410 初魅 そうじゃないか?

voice: 10303160420 voice: 10303160421 リリヤ ……初魅。 そう……かもしれない。

voice: 10303160430 初魅 ……言ったな、姿を見てもらうだけでいいと。 だが演技とは見られることだけではない。

voice: 10303160440 初魅 視線を奪い、耳を向けさせ、肌に這い寄り、心を握る。

voice: 10303160450 初魅 私は役者であり、エゴイストだ。視線程度では満足しない。 あらゆる手練手管を尽くして観客の心をも奪う。

voice: 10303160460 リリヤ それが、あの演技……?

voice: 10303160470 voice: 10303160471 初魅 ああ。面白いと思わないか?  もっとも、私の真似が、お前にできるとは思わんが。

voice: 10303160480 リリヤ ……む。

voice: 10303160490 初魅 そうむくれるな。 それくらい私は技を磨いてきたんだ。

voice: 10303160500 初魅 役者の演技は、同じものなどひとつとない美しい芸術品だ。 舞台上では皆それぞれに至高の域を目指し、熱を注いでいる。

voice: 10303160510 初魅 ……周りを見てみろ。 銀河座の役者は粒揃いだ、皆美しい。

voice: 10303160520 初魅 陽と陰とを巧みに使い分けるようになった与那国緋花里。 センスの欠点と戦いながらも、幅広くこなす王雪。

voice: 10303160530 初魅 回る銀河のハブとして欠かせぬ存在ラモーナ・ウォルフ。 そして、自らを燃やしてまで礎となろうとする千寿暦。

voice: 10303160540 初魅 リリヤ・クルトベイ。確かにお前は美しい。 狂おしいほどの美への情熱は、私も評価している。

voice: 10303160550 初魅 お前が美を良しとするように、皆己の良しとするものがある。 己が美しいと信じるもののため人生を歩み、全力で演じる。

voice: 10303160560 初魅 舞台はいわば、美学を戦わせあう場所だ。 皆、至高の芸術品たらんとしているだろう? 

voice: 10303160570 初魅 目線を変えてみろ。 お前の周りは、美しい芸術に溢れているぞ。

voice: 10303160580 リリヤ 周り————

voice: 10303160590 ラモーナ 皆も、私も、未だ戸惑いがある。だからこそ意見を交換し、 より良い演技にしたい。それの何が間違っているのか? 

voice: 10303160600 皆さんの熱意を、どうか座長である私に……いえ。 変わりゆく新たな『マクベス』に、預けてはいただけませんか。

voice: 10303160610 voice: 10303160611 リリヤ マクベス夫人も、美しくあることに熱を傾けていた。 どんな手を使っても、美しくありたい。それが……美学。

voice: 10303160620 初魅 多少は理解も進んだか。

voice: 10303160630 リリヤ ありがとう、初魅。 おかげで気づけたかもしれない。

voice: 10303160640 リリヤ ……きれいはきれいだけじゃない。 そして、私の美しくありたい気持ちは、ずっと燃えている。

voice: 10303160650 初魅 それでいい。 私を愉しませる『マクベス』を魅せてくれ。

voice: 10303160660 リリヤ うん。

voice: 10303160670 初魅 ……ふふっ。 多少はお前の役に立てたか、暦。