voice: 10303180010 リリヤ 『まだ、ここに。この両の手に残っている。 忌まわしきにおいが。けがらわしい血のシミが』
voice: 10303180020 リリヤ 『洗えども落ちない、においが消えない。 アラビアの香水もガリアの石鹸も、この手のけがれを隠せはしない』
voice: 10303180030 リリヤ (夫人は、最初こそマクベスよりも強気だったけれど、 次第に悪夢にうなされ始める)
voice: 10303180040 リリヤ 『あの者どもは土の下、この世にはもう現れない。 なのにこの手はよごれている、けがれている。ああ……』
voice: 10303180050 リリヤ 『貴方。私はもう、たくさんです。たくさんです。 いや、いや、いや……』
voice: 10303180060 リリヤ (マクベスと一緒に罪を犯してきた夫人は、 よごれていないきれいな手が、血で染まっていると思い込んでる)
voice: 10303180070 リリヤ (これが、マクベス夫人の最期。死の真相は描かれない。 罪の意識に苛まれての悲劇だと、みんなは考えている)
voice: 10303180080 リリヤ (けれど——)
voice: 10303180090 リリヤ ……やっぱり、足りない。 これじゃマクベス夫人にはなれない。
voice: 10303180100 暦 ……リリヤさん、まだ残っていたんですね。
voice: 10303180110 リリヤ 暦。
voice: 10303180120 暦 驚きました。 先日と比べ、目覚ましい変化を遂げられたものですから。
voice: 10303180130 暦 ……あの演技であれば、先生も満足なさるのでしょうね。
voice: 10303180140 リリヤ うん。初魅が教えてくれた。 きたないもきれいだって。
voice: 10303180150 voice: 10303180151 暦 初魅さんが……? そうでしたか。
voice: 10303180160 リリヤ でも、まだ駄目。 これじゃ足りない。さっきの暦みたいなきれいな演技ができない。
voice: 10303180170 voice: 10303180171 暦 私ですか? ええと……どのシーンでしょう。
voice: 10303180180 voice: 10303180181 リリヤ ダンカンとバンクォーの亡霊を追い払うところ。 どうしてあの時の暦は、あんなに美しかった?
voice: 10303180190 voice: 10303180191 リリヤ 髪もぼさぼさだったのに、初魅と同じできれいに見えた。 初魅や暦と、私はいったい何が違う?
voice: 10303180200 暦 ……。
voice: 10303180210 暦 わかりません。私は自分が綺麗に見えることより、 マクベスとして相応しいかだけを考えていました。
voice: 10303180220 暦 苦悩しながらも手を血に染め、悪の道に足を踏み入れたマクベスが、 殺した者の亡霊を目にし、取り乱す……。
voice: 10303180230 暦 そんな時、マクベスならばどう振る舞うのか。 ただそれだけを考えています。
voice: 10303180240 リリヤ ……役のことを考えるのはむずかしい。
voice: 10303180250 voice: 10303180251 リリヤ やっぱりわからない。私も髪を振り乱したほうがいい? そうしたら、暦はうれしい?
voice: 10303180260 暦 ふふ。うれしいかと問われると答えづらいですが、 見てみたい姿ではありますね。
voice: 10303180270 リリヤ そう。
voice: 10303180280 リリヤ ……マクベス夫人は、むずかしい。 美しいだけじゃダメ、美しさを求めなきゃダメ。
voice: 10303180290 voice: 10303180291 暦 ええ、難題でしょうね。 ですが私たちは成さねばなりません。
voice: 10303180300 暦 私は、この『マクベス』は、 リリヤさんがいないと成り立たない舞台だと思っています。
voice: 10303180310 リリヤ どうして?
voice: 10303180320 暦 ……そうですね、ひとつは話題性と、 リリヤさんだからできる夫人を求められるからでしょうか。
voice: 10303180330 リリヤ 私だからできるって、何?
voice: 10303180340 暦 かの現代アート作家が言っていた——破壊もまた創造であるのなら、 美しい貴女が狂気に落ちていくことも、価値あるものだと思います。
voice: 10303180350 暦 美しいものが壊れゆく姿にも、美を見出す方がいます。 人間の破滅を描く『マクベス』は、だからこそ美しいのでは、と。
voice: 10303180360 voice: 10303180361 リリヤ ……そう。 美しいものが壊れていくのもまた、美しい……。
voice: 10303180370 リリヤ 暦。 私は、誰よりも美しくなってみせる。
voice: 10303180380 リリヤ 見ていて。 誰よりもきれいで、きたない私を。