voice: 20007010010 演出家 全員集合。これより『竹取物語』の オーディション結果を発表する。

voice: 20007010020 演出家 かぐや姫役は……千寿暦。

voice: 20007010030 はい。

voice: 20007010040 (演じる側として、演劇を楽しむことなどありえない。  いつから私は、そう思うようになったのでしょう)

voice: 20007010050 いろは お帰りなさい、今日は遅かったですね。

voice: 20007010060 公演日が近くて、稽古も詰まってきていますの。

voice: 20007010070 voice: 20007010071 いろは 鍋パじゃなかったんですか? 緋花里ちゃんが配信していたので、一緒だとばかり。

voice: 20007010080 食事会なんてしているヒマはありませんから。 ではおやすみなさい、いろはさん。

voice: 20007010090 いろは 待って、お姉ちゃん。

voice: 20007010100 なんですの?

voice: 20007010110 いろは ……疲れていませんか? 僕でも話を聞くくらいはできると思います……。

voice: 20007010120 その気遣いだけで充分ですわ。 どうか自分のことに集中なさってね。

voice: 20007010130 いろは お姉ちゃん……。

voice: 20007010140 (私は、『竹取物語』を成功させなければならない)

voice: 20007010150 (千寿家の役者として、  銀河座の看板を背負う者として、理想とされる存在でいなくては)

voice: 20007010160 ラモーナ ああ。役者が楽しめない芝居を、 客が楽しめるはずがないからな。

voice: 20007010170 ラモーナ だから、一緒に楽しまないか?

voice: 20007010180 簡単に言ってくれますわね。

voice: 20007010190 あら、本が床に落ちて……。

voice: 20007010200 『マクベス』……懐かしいですわ。 まだ手元に置いていたのですね。

voice: 20007010210 (この台本を読むと、あの人たちのことを思い出す。  ラモーナさんには、あのふたりと重なるところがある)

voice: 20007010220 (私の心に影を落として、去っていったあの人たちと)

voice: 20007010230 ――あれは5年前、まだ私が中学1年生の頃。

voice: 20007010240 両親に勧められるがまま銀河座に入団した私は、 認められるために毎日必死で、けれど充実していた。

voice: 20007010250 両親の期待に応えるため、演劇の名門に生まれた責務を果たすため。

voice: 20007010260 それが自分のやるべきことだと、かけらも信じて疑わなかった。

voice: 20007010270 『午前0時の鐘が鳴っている。  もう時間だわ』

voice: 20007010280 『王子様、私は行かなくては。  お別れの時間です』

voice: 20007010290 劇団員A 『お待ちください、シンデレラ!』

voice: 20007010300 (駆け出して去るシーン……本当はシンデレラは名残惜しいはず。  ここは振り返るしぐさを入れましょう)

voice: 20007010310 『さようなら王子様。  もう二度と会えなくても、今夜のことはきっと忘れません』

voice: 20007010320 演出家 ――OK! 暦!

voice: 20007010330 はい。

voice: 20007010340 演出家 今のは良かった。演技プランはそれで行こう。

voice: 20007010350 演出家 比べて王子はどうした!  シンデレラをもっと強く求めてみせろ!

voice: 20007010360 先生、後ほど個人練習で合わせてもらいますわ。 私が先ほどと演技を変えたからですし。

voice: 20007010370 劇団員A 千寿さん、気にしないで。 私がすぐに対応できなかったせいだから……。

voice: 20007010380 演出家 そうだ。舞台はナマモノ、役者は臨機応変でなくちゃならない。

voice: 20007010390 演出家 お前たちには、私の想像を超える芝居ができるようになってほしい。 その点において暦は上出来だ。周りも応えてみせろ!

voice: 20007010400 一同 はい!

voice: 20007010410 (今度の舞台は主役。稽古は厳しいけれど、なんとかこなせている。  お母様たちも満足されるはずでしょう)

voice: 20007010420 voice: 20007010421 (……ああそうだ、今度の休日は久しぶりに観劇を楽しもうかしら。  センスを磨いて、練習にも活かして……)

voice: 20007010430 ……はあ、少しだけ疲れましたわね。

voice: 20007010440 ??? あの……。 千寿暦さん、だよね?

voice: 20007010450 あなたは――

voice: 20007010460 voice: 20007010461 銀河座に所属してる、今野栞です。 って言ってもわかんないか。

voice: 20007010470 私……2本目以降しばらく舞台立ってなくて、 君と共演したことないし。

voice: 20007010480 お名前は存じ上げております。 どうなさいました?

voice: 20007010490 どうなさいました、はこっちのセリフだよ! さっきからず~~っとぼんやりブランコ乗ってさ。

voice: 20007010500 考え事でもしてるの? 中学生が夜遅くまでひとりってあぶないよ!

voice: 20007010510 今はジョギングの休憩中ですの。 問題ありません、私にはSPがついていますので。

voice: 20007010520 voice: 20007010521 SP!?  さすがは千寿家のお嬢様……。

voice: 20007010530 そうだ、エネルギー補給におまんじゅう食べない?  うちの実家、土産物屋でさ。

voice: 20007010540 voice: 20007010541 地元の名物菓子、宮城からしょっちゅう送られてくるんだ。 カスタード甘くて疲れ飛ぶよ~。

voice: 20007010550 voice: 20007010551 あ、毒とか入ってないからね!?  ほら、もぐもぐもぐ……。

voice: 20007010560 voice: 20007010561 え……?  ふふっ。

voice: 20007010570 両方の頬に詰め込むのはどうかと……。 ハムスターみたいですわよ?

voice: 20007010580 voice: 20007010581 ごくん。 おお、笑ってくれた!

voice: 20007010590 わざわざお声をかけてくださり、ありがとうございます。

voice: 20007010600 ううん、稽古大変だよね。 大人でも泣いちゃう位しごかれることあるし。

voice: 20007010610 でも次の公演、すごい良くなりそうって評判だよ。 千寿さんのおかげで、絶対素晴らしい舞台になるって。

voice: 20007010620 ……辛いことあったら、私も話し相手くらいにはなるからさ。

voice: 20007010630 いえ、辛いというほどではございませんが……。

voice: 20007010640 でも、ありがとうございます。 今野さんのおかげで気分転換できましたわ。

voice: 20007010650 本当? なら良かった。

voice: 20007010660 じゃ、もう遅いし、早くお家に帰りなよ。 また銀河座でね。

voice: 20007010670 ええ、また。

voice: 20007010680 ……甘い。 確かに、これは癒されますわ。