voice: 20022020010 結局、『ファウスト』のオーディションは私と千寿の一騎打ちに決まった。

voice: 20022020020 千寿の演技の実力は言うまでもない。 演劇の名家に生まれた彼女は、センスがなくとも確かな力をもっている。

voice: 20022020030 『アラビアンナイト』で熱演を見せた千寿なら、 『ファウスト』でも素晴らしい演技をするだろう。

voice: 20022020040 それでも、私はここで主役をとりたかった。 ダイスターになるという、舞台の神への誓いを新たにしたばかりだったから。

voice: 20022020050 ん? ……母さんから……?

voice: 20022020060 もしもし?

voice: 20022020070 蕾の母 もしもし、蕾? 急にごめんね、元気にしてた?

voice: 20022020080 voice: 20022020081 うん。元気だよ。 どうしたの? 急に。……なにか、あった?

voice: 20022020090 蕾の母 そんなに深刻な話じゃないんだけど、 お父さんがちょっぴり寒さに負けちゃって、今病院から戻ったとこ。

voice: 20022020100 voice: 20022020101 ……そっか。でも、すぐ家に帰れたならよかった。 お母さんは? 大丈夫?

voice: 20022020110 蕾の母 私は大丈夫! 蕾も元気ならよかった。 ごめんね、急に。隠し事するのも心配かけちゃうかなと思って。

voice: 20022020120 蕾の母 蕾も頑張り屋さんだから、隠れて無理をしたりしてない? ちょっと頼りないかもしれないけれど、何かあったらいつでも頼ってね。

voice: 20022020130 大丈夫、私は元気にしてるよ。 この前ちょうど、舞台が終わったとこなんだ。

voice: 20022020140 蕾の母 『不思議の国のアリス』ね! 配信でみんなで観たのよ。とっても良かった。 いつか、東京に生で観に行けるように私たちも頑張らなきゃね。

voice: 20022020150 蕾の母 そういえば、その時お父さんが『蕾ばっかり映る配信があればいいのに』 なんて言ってたのよ。相変わらず、親バカ!

voice: 20022020160 あはは、お父さんらしいね。 でも、そういってもらえるのはうれしい。

voice: 20022020170 蕾の母 今度の舞台はどんなのをやるの? もし蕾がたくさん映るならお父さんも喜ぶし、おばあちゃんにも伝えなきゃ。

voice: 20022020180 次の舞台は……。

voice: 20022020190 ……演目はまだ秘密だけど、主役を、やるよ。 だからきっと、たくさん映る。

voice: 20022020200 蕾の母 えっ! 本当に!? お父さん、聞いた!? 蕾、次、主役だって!

voice: 20022020210 (言ってしまった)

voice: 20022020220 蕾の母 ふふ、お父さん笑ってる。 じゃあ、早く治さないとね。蕾も、まだ寒いから健康には気を付けて。

voice: 20022020230 voice: 20022020231 うん。ありがとう。 ……じゃあ、もう夜も遅いから。またね。

voice: 20022020240 言ってしまった……。 つい、母さんたちを元気づけたい一心で……。

voice: 20022020250 いや、オーディションで、勝てばいい話だ。 ダイスターになるんだから、主演は当然。

voice: 20022020260 そうすれば、舞台の神も、両親も喜んでくれる。 予言と変わらない。これから現実にすればいいだけだ。

voice: 20022020270 私なら、やれる。

voice: 20022020280 voice: 20022020281 カミラ おはようございまー…… って、あれ、先輩?

voice: 20022020290 ああ、阿岐留。 今日はオフじゃないのか?

voice: 20022020300 voice: 20022020301 カミラ 昨日忘れ物したんで取りに来たんです。 先輩は? 自主練すか?

voice: 20022020310 ああ。例のオーディションの台本をもらったからな。 軽く目を通しておきたくて。

voice: 20022020320 カミラ ほぇー……、気合入ってますね。

voice: 20022020330 カミラ ウチ、古典演劇とか全然わかんないんですけど、 『ファウスト』ってそんなすごいんですか?

voice: 20022020340 ゲーテがその人生のほぼすべてをかけて書いたと言われる戯曲だ。 演劇としては何百年と繰り返し上演されてきた歴史ある演目だな。

voice: 20022020350 ファウストという天才学者の男が悪魔・メフィストフェレスと契約し、 悪魔の魔法でこの世のすべての快楽を手に入れようとする話だ。

voice: 20022020360 voice: 20022020361 カミラ へぇー。 まあたしかに、『演劇の名作』って叶羽の言う通りウチらっぽくはないかも?

voice: 20022020370 ああ。 ただ、もらった台本を読む限り、電姫らしいアレンジとして――

voice: 20022020380 美兎 げ、現代学園パロディ!?

voice: 20022020390 いろは そうなんです! 悪魔・メフィストフェレスと契約したファウストが若返って女子高生にっ!

voice: 20022020400 美兎 すごい……大胆なアレンジだね……!?

voice: 20022020410 いろは まだ、オーディション用に一部分しかもらってないですけど、 これはもう、絶対面白い劇になりますっ!

voice: 20022020420 いろは オーディションを受けるからには、もちろんファウスト役をやりたいですけど、 でもこれは、どんな役でも絶対楽しいですよっ!

voice: 20022020430 美兎 うん。 たしかに、これなら――

voice: 20022020440 カミラ これなら、古典みたいな演劇が好きな評論家たちも、 ぶっ飛んだ話が好きな電姫ファンも観に来そう……。

voice: 20022020450 それだけ、この公演にかけているということだろうな。

voice: 20022020460 voice: 20022020461 カミラ ヤッバ、もう緊張してきた……。 先輩はその天才学者JK・ファウスト役をうけるってことですよね?

voice: 20022020470 そうだな。

voice: 20022020480 voice: 20022020481 カミラ すげ~……。 でも、失礼かもですけど先輩がこういうのやろうとするって珍しくないですか?

voice: 20022020490 voice: 20022020491 カミラ いっつもは、なんつーか、後ろでどっしりサポート役って感じじゃないすか。 アブドラとか、アリスのおねーさんとか。脇を固める! みたいな。

voice: 20022020500 カミラ でも今回はオーディション受けてまで、ファウストやりたい! って、 なんか理由あるんですか?

voice: 20022020510 それは……。

voice: 20022020520 こ、これだけ電姫が目立っていたら、闇の組織が目をつけてくるだろう? だから、私が陣頭に立ち、やつらの襲来に備えるべきだと――

voice: 20022020530 voice: 20022020531 カミラ あはは、『組織』か~! までも、先輩がファウスト役やってるところは観てみたいかも。

voice: 20022020540 カミラ 悪魔とか、魔法とか、天才学者JKとか、なんか先輩っぽいし!

voice: 20022020550 voice: 20022020551 カミラ せっかくだし、練習付き合いますよ。 ウチでなんかできることがあれば! ファウスト様、なんなりと~!

voice: 20022020560 はは、メフィストフェレスのつもりか?

voice: 20022020570 カミラ まま、でもマジでなんかあったなら教えてくださいね? なんか今日の先輩、いつもとちょっと違いますもん。

voice: 20022020580 カミラ そういう、やるぞー! ってなれる秘訣とか、儀式とかあったら、 ウチ、朝5時起きぐらいまでならいけるんで! いつでも声かけてくださいね!

voice: 20022020590 ああ、まあ。いつか、機会があればな。

voice: 20022020600 ……いつもと違う、か。

voice: 20022020610 いや、これが『いつも』であるべきなんだ。学業も、舞台も。 いつも、ベストを尽くすために気合を入れなければ。

voice: 20022020620 それとも、……どこかおかしかっただろうか。

voice: 20022020630 もしも、おかしく見えたなら、 『いつも通り』すら保ててなかったら……。

voice: 20022020640 いやいや、駄目だ駄目だ! 暗いことを考えるな、『いつも通り』だ。

voice: 20022020650 ……父さん、悪くなってないだろうか。

voice: 20022020660 ……。

voice: 20022020670 連絡はなし、か。