voice: 20022030010 両親は、昔からあまり体が強くなかった。

voice: 20022030020 けれど優しい両親のもと、私の家にはいつだって笑いがあった。 家族のことが大好きで、両親は私を愛していたし、私も両親を愛していた。

voice: 20022030030 それでも病気だけは、私が何をどうしたってどうしようもなかった。 それでも、私は何かがしたかった。

voice: 20022030040 きっと、この占いの結果がよければ。 この儀式をやれば。こうすれば、ああすれば、きっと、きっと。

voice: 20022030050 故郷から遠く離れた場所にいても、想いは変わらない。 ふたりにはずっと、笑顔で元気でいてほしい。

voice: 20022030060 だから、私が舞台の主演になりチケットを送らなければ。 模試でもよい結果を残さなければ。

voice: 20022030070 そうでなくても、せめて普段通りでいなくては。 儀式を、普段を変えてしまったら――

voice: 20022030080 ……連絡はなし、か。

voice: 20022030090 ……。

voice: 20022030100 『体調はどう?』……いや、元気でいるはず、 わざわざ、……聞いたって……。

voice: 20022030110 (それで、もし……)

voice: 20022030120 ええい! 私は、私のできることをやるしかない。 舞台は主役、模試でもいい成績を取る。

voice: 20022030130 ……やるしか、ない。 そう、言ったんだから。

voice: 20022030140 おはようございます。

voice: 20022030150 いろは あっ! おはようございます、蕾さんっ!

voice: 20022030160 voice: 20022030161 千寿……。 来ていたのか。

voice: 20022030170 いろは はいっ! さっきまでみとちゃんもいたんですけど、 今日はおうちのお手伝いしなきゃいけないからって、解散したところですっ。

voice: 20022030180 そうか。

voice: 20022030190 いろは 蕾さんも、オーディションに向けた練習ですか?

voice: 20022030200 『も』ということは、千寿もか?

voice: 20022030210 voice: 20022030211 いろは えへへ、はい。 みとちゃんに特訓してもらってるんです。

voice: 20022030220 そうか。

voice: 20022030230 いろは 蕾さんは、カミラちゃんと特訓ですか?

voice: 20022030240 ああ。 ただ、阿岐留はまだ来ていないようだな。

voice: 20022030250 voice: 20022030251 いろは そうなんですねっ! じゃあ、……カミラちゃんが来るまで少しだけお話しませんか?

voice: 20022030260 構わないが……。

voice: 20022030270 voice: 20022030271 いろは えへへ、やったっ! では……。蕾さんはファウストをどんな人だと思いましたか?

voice: 20022030280 voice: 20022030281 なんだ、急に改まってと思ったら、 オーディションに向けた敵情視察か?

voice: 20022030290 voice: 20022030291 いろは あっ! 確かに……! そんなつもりではなかったんですけれど……。えへへ、すみません。

voice: 20022030300 voice: 20022030301 まあいい。 私は……ファウストは、賢くて愚かな人間だと思う。

voice: 20022030310 いろは 賢くて、愚か、ですか?

voice: 20022030320 ……主人公、ファウストはもともと老いた天才学者だ。

voice: 20022030330 ファウストは、あらゆる学問を修めた人生の最後を迎えた時、 『それらを学ぶ以前と比べて、少しも賢くなっていない』と絶望していた。

voice: 20022030340 そうして絶望の果てに自らの命を絶たんとした瞬間、 突然目の前に悪魔・メフィストフェレスが現れる。

voice: 20022030350 メフィストフェレスはファウストに契約を持ち掛けた。

voice: 20022030360 『人生をやり直し、充実させてやる。  しかし、その代わりにその死後のファウストの魂を自分によこせ』と。

voice: 20022030370 二つ返事で了承したファウストは若返り、人生をやり直すことになる。 今度は、最高に充実した人生を送るために。

voice: 20022030380 ファウストは賢いがゆえに、沢山のものを考えてしまい、 色々な理想と自身を比べて、人生に絶望したんだろう。

voice: 20022030390 だが、だからといって悪魔の甘言に飛びついてしまうのは愚かだろう?

voice: 20022030400 いろは ……。

voice: 20022030410 絶望してしまったら、足を止めたら、そこで終わってしまう。 策を尽くして、もがきつづけなければ、望まぬ運命に流されるだけだ。

voice: 20022030420 運命を変える一手も、所詮は『悪魔との契約』だった。 新たな運命はお前も知る通り、ファウストの望んだ形にはならない。

voice: 20022030430 ……絶望した深い闇の中では、どんな些細な灯も、 天からの救いに見えるものなのだろうがな。

voice: 20022030440 有効な策を練って実施しなければ、意味はない。

voice: 20022030450 いろは ……蕾さんなら、メフィストフェレスの手は取りませんか?

voice: 20022030460 voice: 20022030461 そもそも絶望なんかしない。 あがいて、あがいて、運命を自分の手で切り開いてみせるさ。

voice: 20022030470 いろは ふふ、強気ですねっ。

voice: 20022030480 千寿なら手を取るか?

voice: 20022030490 いろは うーん、僕なら……。 僕はそもそも『天才学者』とは天と地よりも離れていますが……。

voice: 20022030500 いろは 人生をやり直すって言われても、僕は今十分楽しいですし……。 これよりも良くするなんて贅沢、想像もつきません。

voice: 20022030510 voice: 20022030511 いろは だからきっと、『僕は今のままがいいです』って断っちゃいます。 そもそも、世界中に絶望できるほど賢くもないんですがっ。

voice: 20022030520 いろは それに、電姫のみんなとの思い出がなかったことになっちゃったら、 悲しいじゃないですかっ! やっぱり、今のままがいいですよっ!

voice: 20022030530 ふふ、千寿らしいな。

voice: 20022030540 いろは へへ、ありがとうございます。

voice: 20022030550 いろは ……なんだか、不思議な感じですね。

voice: 20022030560 ん? どういう意味だ?

voice: 20022030570 いろは 蕾さんと、こうやってふたりで役を語ることがあるなんて、 想像もしてなかったですし、それに――

voice: 20022030580 いろは まさか一対一でオーディションなんて、思ってもみなかったもので。 演技の試験も、入団の時以来ですから。

voice: 20022030590 ……そうだな。 私も、電姫で一対一のオーディションなんて考えたこともなかった。

voice: 20022030600 いろは 『アリス』の後の演目だって思うと、 やっぱり要さんたちの言う通り、すっごく注目されると思うんです。

voice: 20022030610 いろは だから、僕たちも、要さんたちの期待に応えなきゃいけないですね。

voice: 20022030620 ……。

voice: 20022030630 いろは でも、僕たちのどちらが主演になっても、 きっと、電姫らしい素晴らしい『ファウスト』になります。

voice: 20022030640 いろは 楽しみですねっ。

voice: 20022030650 ……そうか。

voice: 20022030660 いろは ……蕾さん?