voice: 20036040010 ラモーナ いろは? ……すまない、なにか気に障ることを言ってしまっただろうか。

voice: 20036040020 voice: 20036040021 いろは あっ、い、いえ! ええと……な、なんの話でしたっけ。

voice: 20036040030 voice: 20036040031 ラモーナ 暦といろはの仲についてだな。 ああいや、もう少し戻ると暦が休めているのかという話か。

voice: 20036040040 いろは ……ああ、そうでしたね。

voice: 20036040050 ラモーナ あいつは本当に強情でな。 稽古の休憩中でも、放っておくと本当にずっと練習をしているんだ。

voice: 20036040060 いろは あはは。家でも、ずうっとお稽古されているものですから、 僕も……心配になっちゃいます。

voice: 20036040070 ラモーナ だろう? ああでも、以前はひとりでやっていたが、 最近では私を誘うようになったのは大きな進歩だな。

voice: 20036040080 いろは えっ、そうなんですか?

voice: 20036040090 ラモーナ ああ! この前だって、暦から私を本読みに誘ってくれたんだ。

voice: 20036040100 voice: 20036040101 いろは そうだったんですね! そっか、姉さんから……。

voice: 20036040110 ラモーナ 本当に、私が入団したころからは考えられない変化だよ。 ふふ、この前の合宿でも私たちと一緒に夜中まで話していたしな。

voice: 20036040120 いろは ……。

voice: 20036040130 ラモーナ いろは? どうかしたか?

voice: 20036040140 いろは いえっ、姉さんにそんな変化があったとは、思ってもみなかったもので……。 家ではあまりそういう話をする機会もないですし。

voice: 20036040150 いろは ……ラモーナさんが銀河座にいらしてくださって本当によかったです。

voice: 20036040160 ラモーナ はは、そう言われると気恥ずかしいな。 でも、いい影響を与えられているなら何よりだ。

voice: 20036040170 ラモーナ と、つい演劇や身内の話ばかりしてしまったな。 せっかくだ、もっと楽しい話をしよう。

voice: 20036040180 ラモーナ そうだな、この間緋花里と一緒に遊園地に行ったんだが――

voice: 20036040190 いろは ……。

voice: 20036040200 ラモーナ それで、その時、以前映画館で会った緋花里のファンたちに会ってな。 せっかくだからと話をしていたんだが――

voice: 20036040210 いろは あ、あの、ラモーナさん。

voice: 20036040220 ラモーナ ん? ああ、どうした?

voice: 20036040230 いろは その……少し、聞いていただきたい話があって。 ……よろしいでしょうか?

voice: 20036040240 いろは こんなの身勝手かもしれませんが、 姉さんを変えてくれたラモーナさんに聞いていただきたいんです。

voice: 20036040250 ラモーナ もちろん。 お前が話したいことなら、どんなことでもかまわないよ。

voice: 20036040260 いろは ありがとうございます。 こんなお話、突然お聞かせするものではないかもしれないのですが……。

voice: 20036040270 いろは ……姉さんが休めないのは僕のせいでもあるんです。

voice: 20036040280 ラモーナ えっ? そんなこと――

voice: 20036040290 いろは いえ。……姉さんが休めないのは、僕にセンスがないから。 おばあ様たちの期待に、応えることができないからなんです。

voice: 20036040300 いろは 僕が演劇を続けていても、銀河座のトップにも、 ……千寿家を背負うことも、演劇界に影響を与えることもできません。

voice: 20036040310 いろは だから、その分、みんなが姉さんに求めるんです。 千寿の家に恥じない役者であれって。

voice: 20036040320 ラモーナ でも、いろはだって電姫で立派に役者を務めているじゃないか。 この前の公演だって、主役だっただろう?

voice: 20036040330 いろは そんなの……。 千寿の家にとっては、ただのお遊びですから。

voice: 20036040340 ラモーナ そんなわけない。 いろは、きっとそれは何かの聞き間違いか、悲しい誤解だ。

voice: 20036040350 いろは いえ、本当なんです。 僕はなにをしたって、あの家では意味がない。

voice: 20036040360 いろは だから……姉さんばっかり、休めなくなってしまった。 僕が、姉さんを苦しめているんです。

voice: 20036040370 ラモーナ ……。

voice: 20036040380 いろは ――あれは8年前、まだ僕が小学3年生の頃。

voice: 20036040390 いろは 両親に勧められるがまま姉さんの背を追って 銀河座の児童部に入団した僕は、毎日必死で、けれど充実していました。

voice: 20036040400 いろは すでに児童部のトップだった姉さんみたいになりたくて、 両親の期待に応えたくて、演劇の名門に生まれた自分を信じて。

voice: 20036040410 いろは 仲良しで大好きな姉さんとずっと一緒に演劇をしていく。 そういう未来があるのだと信じて、かけらも疑っていませんでした。

voice: 20036040420 voice: 20036040421 いろは えっ、お姉ちゃん、銀河座の次の公演に出るんですかっ!? すごいすごい! 大人の人たちの舞台ですよっ!

voice: 20036040430 ふふ、ええ。 といっても、主人公の子どもの頃の役ですけれど。

voice: 20036040440 voice: 20036040441 いろは でも、演出家さんのご指名なんですよねっ? 私、絶対観に行きます! ぜーんぶ、毎日観ます!

voice: 20036040450 voice: 20036040451 ありがとう、いろは。 だけどね、その稽古があるからしばらく一緒にお稽古できないの。

voice: 20036040460 いろは あっ、そっか……。 それはちょっと寂しいです……。

voice: 20036040470 いろは じゃあいつか、私もお姉ちゃんと一緒に銀河座の舞台に立ちたいです。 児童部よりもずーっとたくさんのお客さんが来るって聞きました。

voice: 20036040480 いろは ふたりで銀河座の舞台の真ん中に立って、 すっごい演技をして、ふたりでいっぱいの拍手を浴びるんです!

voice: 20036040490 いろは どうでしょうっ?

voice: 20036040500 ふふっ。ええ、素敵な夢ね。

voice: 20036040510 いろは、いつかじゃなくても寂しくなったらいつでも会いにきていいのよ。 それに、今度児童部では新しい公演もあるでしょう?

voice: 20036040520 私は出られないけれど、きっと素敵な舞台になります。 私も、あなたの舞台を楽しみにしていますね。

voice: 20036040530 いろは ……! はいっ!

voice: 20036040540 演出家 次の舞台は『オズの魔法使い』。 児童部では数年に一度やっている、おなじみの公演です。

voice: 20036040550 演出家 親御さんたちや、お友達以外の一般のお客さんたちもたくさん観に来ます。 みなさんでいい舞台を作りましょう。

voice: 20036040560 いろは はいっ!

voice: 20036040570 演出家 じゃあ、配役を発表します。 まず、主演のドロシー役を、千寿いろは。

voice: 20036040580 いろは えっ!? は、はい!

voice: 20036040590 voice: 20036040591 いろは わ、私が主演……! ありがとうございます! がんばりますっ!

voice: 20036040600 いろは 『私、魔女ってみーんな悪い人なんだって思ってた!』

voice: 20036040610 児童部劇団員 『いいえ、そんなことはありませんよ。オズの国には4人の魔女がいるんです。  北と南が良い魔女で、東と西が悪い魔女』

voice: 20036040620 いろは 『でも、エムおばさんが言ってたわ。  魔女はもう何年も前にみんな死んでしまったって』

voice: 20036040630 児童部劇団員 『エムおばさんって?』

voice: 20036040640 いろは 『エムおばさんは、カンザスに住んでる私のおばなの。  私も、そこから来たのよ』

voice: 20036040650 演出家 千寿さん、もう少し大きな声でできる?

voice: 20036040660 いろは はいっ! やってみます。

voice: 20036040670 いろは 『エムおばさんは、カンザスに住んでる私のおばなの。  私も、そこから来たのよ』

voice: 20036040680 演出家 うーん、それだと役が抜けちゃったかも。 おじさんたちに会いたい、帰りたいって気持ちもちゃんと込めて。

voice: 20036040690 いろは はい、すみませんっ……。

voice: 20036040700 児童部劇団員A ……どうしてドロシー役がいろはちゃんなんだろう。

voice: 20036040710 児童部劇団員B お姉ちゃんの暦ちゃんが演技が上手だから? でも、いろはちゃんってまだセンスないんでしょ?

voice: 20036040720 児童部劇団員A 違う子の方が上手にできそうなのにね。

voice: 20036040730 いろは ……。

voice: 20036040740 いろは ううん、暗くなっちゃだめです。 お姉ちゃんも観に来るんだから、がんばらなくっちゃ。

voice: 20036040750 いろは 今にして思えば、きっと千寿家に気を遣ったのでしょう。

voice: 20036040760 いろは 現状の実力がどうであれ『千寿家』の次女の存在を無視した配役で 名家の面子をつぶし、軋轢を生むことは避けねばならない。

voice: 20036040770 いろは 暦がいないならいろはを、と忖度が働くのも無理はありません。 僕は、そんな簡単なことにも気づいていませんでした。

voice: 20036040780 『どうか、私をあなたのところに連れて行ってください!  おねがい、私をひとりにしないで、お兄様』

voice: 20036040790 演出家 そこまで! 千寿、今の演技でいこう。兄弟との別れの悲しみがよくでていた。

voice: 20036040800 ありがとうございます。

voice: 20036040810 銀河座劇団員A 千寿さん、小学生なんだっけ? センスがあるにしたって、大人顔負けみたいな演技だねえ。

voice: 20036040820 銀河座劇団員B うかうかしてたら、すぐ小学校卒業して成年部に来ちゃうね。 そうなったら私たちなんか置いておいてずっと主演なのかも。

voice: 20036040830 銀河座劇団員A そしたら私たちはお払い箱かな。 あんな有望な子どもがいて、新人の伝統もいつまで続くやら。

voice: 20036040840 銀河座劇団員B そういえば、児童部の方で妹さんが主演なんでしょ? ほら、恒例のドロシー。

voice: 20036040850 銀河座劇団員A あー。でも、なんかイマイチって噂。 センスもまだらしいし、お姉ちゃんとは正反対だって話題になってる。

voice: 20036040860 えっ……?

voice: 20036040870 銀河座劇団員A あっ……千寿さん。 もしかして……知らなかった?

voice: 20036040880 ……いえ、あの……。 すみません、聞き耳を立てたようになってしまって……。

voice: 20036040890 銀河座劇団員B ごめんね。聞かせるつもりじゃなかったんだけど。 姉妹だと、色々比べられて大変だね。

voice: 20036040900 いえ……。