voice: 20036050010 ……。

voice: 20036050020 銀河座劇団員A あー。でも、なんかイマイチって噂。 センスもまだらしいし、お姉ちゃんとは正反対だって話題になってる。

voice: 20036050030 暦といろはの母 暦? どうかした? おうちに帰ってからもずっとお稽古していたから疲れちゃった?

voice: 20036050040 あっ、いえ……。

voice: 20036050050 暦といろはの祖母 暦さん、成年部でのお稽古はいかがですか? 児童部とは役者のレベルも違うでしょう。

voice: 20036050060 はい。 成年部の皆さんの演技には、日々勉強させていただいております。

voice: 20036050070 暦といろはの祖母 大人相手だからといって気後れするようではいけません。 いずれ全て貴女が導くのですから、俯瞰して観察なさい。

voice: 20036050080 ……はい。

voice: 20036050090 暦といろはの母 いろはの『オズの魔法使い』も本番がもうすぐでしょう? ドロシー役、楽しみにしてるわね。

voice: 20036050100 いろは ありがとうございますっ! 私も、毎日お勉強させていただいていますっ。

voice: 20036050110 暦といろはの祖母 お勉強ではなく、たとえ児童部であっても 千寿家のものにふさわしく、皆を牽引しなければなりませんよ。

voice: 20036050120 voice: 20036050121 いろは ああ、ええと……はい。 みなさんを引っ張って、すばらしい舞台にできるよう、がんばります。

voice: 20036050130 暦といろはの母 そうね。暦ほどじゃなくても、いろはだって千寿家の役者ですもの。 きっと素敵なドロシーを演じられるわ。

voice: 20036050140 暦といろはの母 それにセンスがあれば、いろはもきっともっと銀河座で 活躍できるようになるものね。その日が楽しみだわ。

voice: 20036050150 暦といろはの祖母 問題は、それがいつになるか、ですが。 この後は稽古ですか? 貴重な練習時間を無駄になさらないように。

voice: 20036050160 いろは ……はい。

voice: 20036050170 いろは 『私、ドロシーです。小さな娘のドロシー。  オズの魔法使いさん、あなたに助けていただきたくてここまで来ました』

voice: 20036050180 いろは?

voice: 20036050190 いろは あっ、お姉ちゃん。 稽古場、使われますか? 今、片づけちゃいますね。

voice: 20036050200 いえ、そうではなくて。 よければ一緒にお稽古できればと思いまして。

voice: 20036050210 いろは 一緒に、ですか?

voice: 20036050220 ええ。 今度の舞台、『オズの魔法使い』で主演なのでしょう?

voice: 20036050230 私も以前演じたことがありますから、 何かお力になれるかもしれないと思ったんです。

voice: 20036050240 いろは ! いいんですか?

voice: 20036050250 もちろん。どこからやりましょうか。 さっきやっていたのは都で初めてオズの魔法使いに会うシーンでしたわね。

voice: 20036050260 ではそこから――

voice: 20036050270 『私こそが恐ろしい大魔法使いのオズ。  お前はだあれ? どうして私に会いに来た?』

voice: 20036050280 いろは 『私、ドロシーです。小さな娘のドロシー。  オズの魔法使いさん、あなたに助けていただきたくてここまで来ました』

voice: 20036050290 『その銀の靴はどこで?』

voice: 20036050300 いろは 『これは、悪い東の魔女をつぶしてしまったときに手に入れたんです。  私の家が、魔女の上に落ちてしまって』

voice: 20036050310 いろは、もう少し指先まで意識してみて? そうするとセリフだけじゃない感情が伝わりやすくなりますから。

voice: 20036050320 いろは はいっ。

voice: 20036050330 『オズの魔法使い』において、ドロシーはずっと前向きで、 怖いことがあっても勇敢に進んでいくキャラクターです。

voice: 20036050340 おばさんたちのいるカンザスに帰るために、勇気を出して胸を張る、 一人前の女の子をイメージしてみて?

voice: 20036050350 勇気を出して、オズの魔法使いに話しかける時、 いろはなら手は握る? 開く?

voice: 20036050360 いろは ええと……緊張して、ぎゅっと握っちゃうかもしれません。

voice: 20036050370 ええ。私もきっと、不安と緊張で手を握ってしまうと思います。 だから、台詞を言う時は書いてある文字じゃなく気持ちを追いかける。

voice: 20036050380 いろは 気持ちを……。

voice: 20036050390 ええ。では、もう一度。

voice: 20036050400 いろは 『私、ドロシーです。小さな娘のドロシー。  オズの魔法使いさん、あなたに助けていただきたくてここまで来ました』

voice: 20036050410 『その銀の靴はどこで?』

voice: 20036050420 いろは 『これは、悪い東の魔女をつぶしてしまったときに手に入れたんです。  私の家が、魔女の上に落ちてしまって』

voice: 20036050430 いろは ど……どうでしょう?

voice: 20036050440 うん、とってもドロシーらしくなったと思います。

voice: 20036050450 いろは ……! やったぁ! ありがとうございますっ、お姉ちゃん!

voice: 20036050460 こちらこそ、ありがとう。 私も、初心に立ち返ることができました。

voice: 20036050470 voice: 20036050471 いろは ……お姉ちゃんは、本当に演技も説明も上手ですね。 私もお姉ちゃんみたいにセンスが使えたらなぁ。

voice: 20036050480 ふふ。 でも、さっきのはこの間読んだ本の受け売りなんです。

voice: 20036050490 voice: 20036050491 いろは えっ? そうなんですか? 本、本かぁ……。

voice: 20036050500 voice: 20036050501 いろは やっぱり、いろいろ読んでお勉強した方がいいんでしょうか? でも私、文字がい~っぱいの本って眠くなっちゃうし……。

voice: 20036050510 いろは あーあ、物語の中みたいに、魔法が使えたらよかったのに。 ドロシーだって、魔法の帽子や銀の靴があるじゃないですか。

voice: 20036050520 センスや魔法がなくても誰より上手くなればいいんですよ。 オズの魔法使いだって、実際は魔法が使えないただの人なのですから。

voice: 20036050530 それに私のようになれなくても、あなたなりの演技があります。 あなたのドロシーを演じればいいんですよ。

voice: 20036050540 voice: 20036050541 いろは むぅ……。 はぁい。

voice: 20036050550 いろは そうして、銀河座児童部定期公演『オズの魔法使い』は幕を閉じました。

voice: 20036050560 いろは 評判は……言うまでもありません。

voice: 20036050570 いろは 僕の足元に、銀の靴が現れることはなかったのです。

voice: 20036050580 暦といろはの母 いろは、『オズの魔法使い』お疲れ様。 今日は公演終了のお祝い料理にしてもらったの。

voice: 20036050590 暦といろはの母 お父さんも、センスがない分まだ危なっかしいけど、 頑張り屋で可愛いドロシーだった、って。

voice: 20036050600 いろは えっ! 本当ですか? 嬉しいです!

voice: 20036050610 暦といろはの祖母 いろはさん。

voice: 20036050620 いろは あっ……ごめんなさい、はしゃいでしまって。

voice: 20036050630 暦といろはの祖母 ええ。今回のドロシーは未完成で、不完全なものでした。 わかっていますね。

voice: 20036050640 いろは ……はい。

voice: 20036050650 暦といろはの祖母 児童部の公演だからと、甘く見る方々もいるようですが、 演劇に必要なのは愛嬌や幼児性などという言い訳ではありません。

voice: 20036050660 暦といろはの祖母 去年の暦さんに、『危なっかしくて可愛い』などと言う人はいませんでした。 このことをよく考えるように。

voice: 20036050670 voice: 20036050671 いろは ……。 申し訳……ございませんでした。

voice: 20036050680 いろは、顔をあげて。 この前一緒に練習したシーン、とっても素敵にできていましたよ。

voice: 20036050690 いろは ……えへへ、ありがとうございます、お姉ちゃん。 演出家の先生も、よくなったってほめてくださったんです。

voice: 20036050700 いろは 私、お姉ちゃんにはやく追いつけるように、がんばります。 そうすれば、センスもきっと、すぐ、必ず……。

voice: 20036050710 いろは お母さま、おばあさま、私がんばります。 だからお姉ちゃんも、銀河座で待っていてください。

voice: 20036050720 暦といろはの母 ええ、そうね。がんばって。 ごめんなさい、いろは。もうお祝いなんて浮かれすぎてしまったわ。

voice: 20036050730 暦といろはの母 今回の反省を活かして、次も頑張りましょう。 今日はそのための美味しいごはん。

voice: 20036050740 暦といろはの母 そうだ、暦のほうはどうなの? 来週には小屋入りでしょう?

voice: 20036050750 あっ、ええ。はい――

voice: 20036050760 いろは ……。