voice: 20036060010 いろは 僕は、ドロシーが大好きでした。
voice: 20036060020 いろは 故郷のカンザスに帰るために前を向いて、 ずっと必死にがんばっているドロシー。
voice: 20036060030 いろは 家の場所がわからなくても、西の魔女につかまっても、 オズの魔法使いがいなくなってしまっても、あきらめない。
voice: 20036060040 いろは 仲間たちとたくさんの苦難を乗り越えた末、銀の靴を三度叩いて、 魔法の力でおうちに帰っておばさんと抱き合う。
voice: 20036060050 いろは 僕にもきっといつかそんな魔法とハッピーエンドがやってくると 信じていたかったのです。
voice: 20036060060 いろは あっ、おばあさま。 おかえりなさい。
voice: 20036060070 暦といろはの祖母 ええ。 貴女は? お稽古?
voice: 20036060080 いろは はい。 暦さんに色々と教えていただいていました。
voice: 20036060090 暦といろはの祖母 そう。もう暦さんは中学生で、銀河座の成年部の役者なのですよ。 あまり邪魔をしないように。
voice: 20036060100 暦といろはの祖母 貴女だって、光らない石が天頂の星になれるはずもないのですから、 研鑽を怠ってはなりません。
voice: 20036060110 暦といろはの祖母 尤も、貴女が星となり得る役者であるのなら、ですけれど。
voice: 20036060120 voice: 20036060121 いろは ……はい。おばあさま。 あの、私、はやく暦さんのようにセンスを――
voice: 20036060130 voice: 20036060131 暦 いろはさん? 誰かとお話…… おばあさま……! おかえりなさいませ。
voice: 20036060140 暦といろはの祖母 暦さん。この子に稽古をつけていたのですか?
voice: 20036060150 暦 は……はい。
voice: 20036060160 暦といろはの祖母 指導は結構ですが、役者として己がおろそかになることのないように。 貴女がこれからの銀河を導くのですから。
voice: 20036060170 暦 ……ええ、お母さまからもそうお言葉をいただきました。 千寿と銀河座の名に恥じぬ、天頂の星となります。
voice: 20036060180 暦といろはの祖母 期待していますよ。 ……では。
voice: 20036060190 voice: 20036060191 暦 ありがとうございます。 いろはさん、稽古場にもどりましょう。
voice: 20036060200 いろは ……。
voice: 20036060210 暦 いろはさん?
voice: 20036060220 いろは お姉ちゃん……私、はやくセンスがほしいです。
voice: 20036060230 いろは もしも私にセンスがあったら、お姉ちゃんみたいになれますよね。 そうしたら、おばあさまや、お母さまたちも期待してくださると思うんです。
voice: 20036060240 暦 それは……。
voice: 20036060250 暦 ……そうですね。一緒にがんばりましょう。 私も心から応援しています。
voice: 20036060260 暦 今日は久しぶりに基礎練習をしましょうか。あなたがこれからどんなセンスを 身に着けたとしても、基礎的な技術は必ず役に立ちますから。
voice: 20036060270 いろは ……はい。 私、はやくお姉ちゃんみたいになりたいです。
voice: 20036060280 暦 ふふ、ありがとう。
voice: 20036060290 いろは 『もしも、私にお姉ちゃんみたいなセンスがあったら』。 幾度その言葉を口にしたことでしょう。
voice: 20036060300 いろは けれど、センスも魔法も訪れないまま。 僕は小学校の卒業を目前に控える時期になっていました。
voice: 20036060310 演出家 次の舞台は『オズの魔法使い』。 児童部では3年前にやったことのある演目ですね。
voice: 20036060320 演出家 あの時、出演した人たちも多くいるとは思いますが、 今回は配役を変えて、皆の新しい演技を見せられたらと考えています。
voice: 20036060330 いろは はいっ!
voice: 20036060340 演出家 じゃあ、配役を発表します。 まず、主演のドロシー役を――
voice: 20036060350 いろは そこで、僕の名前は呼ばれませんでした。
voice: 20036060360 いろは 僕に与えられた役は『南の国の女王 グリンダ』。 物語の最後に登場する、皮肉にも『最も力のある魔女』の役でした。
voice: 20036060370 いろは 銀河座は演劇の聖地浅草でも名を馳せる大劇団。 その児童部にも才能あふれる子どもたちが多く集います。
voice: 20036060380 いろは 僕に与えられたのはセリフも身振りも少ないけれど、有名なキャラクター。 千寿家への顔向けと舞台の品質維持を兼ねるつもりだったのでしょう。
voice: 20036060390 いろは メインキャラクターを務めるのは、僕じゃない。 だって、優秀な役者なんて、銀河座には星の数ほどいるのですから。
voice: 20036060400 暦といろはの祖母 いろはさん。
voice: 20036060410 いろは あ……ええと……。 おばあさま、申し訳ございませんでした。
voice: 20036060420 暦といろはの祖母 謝罪は結構。銀河座の考えもよくわかりました。 貴女の状況を鑑みれば、当然の決定でしょう。
voice: 20036060430 暦といろはの祖母 もうすぐ中学生ですか。暦は試験免除で成年部へ上がっていましたが、 貴女はこの調子ですから、そうもいきません。
voice: 20036060440 暦といろはの祖母 所属試験に落ちても児童部に残り続けることはできますが、わかっていますね。 為すべきことをよく考えなさい。
voice: 20036060450 いろは ……はい。
voice: 20036060460 暦といろはの母 いろは、ドロシーから成長したんだってところを見せればいいのよ。 センスだって……必ずなければならないというものではないのだし。
voice: 20036060470 いろは ……。
voice: 20036060480 暦といろはの母 千寿家の役者として、 もちろんいろはには素晴らしい役者になってほしい。
voice: 20036060490 暦といろはの母 試験まであと少しの期間だけれど、成年部でも活躍できるように まずは、せいいっぱいがんばりましょう。
voice: 20036060500 いろは ……ありがとう、ございます。 がんばります。
voice: 20036060510 暦といろはの母 ほら、暦とお稽古するんでしょう? もう大丈夫よ。
voice: 20036060520 いろは ありがとうございます。 ……おばあさま、お母さま、失礼します。
voice: 20036060530 いろは ……。
voice: 20036060540 いろは 私に、お姉ちゃんみたいな……。
voice: 20036060550 暦といろはの母 せめてセンスがあったらよかったのに。 あの子に……つらいことを強いてしまって……。
voice: 20036060560 暦といろはの祖母 父親に似たんでしょう。配役は正しい判断です。 むしろあのまま銀河座に置く方が、千寿の名に障るのでは?
voice: 20036060570 暦といろはの母 彼も『センスの発現は遅かった』とは言っていたけれど、小学生の頃です。 もしこのままセンスが発現しなければ……。
voice: 20036060580 暦といろはの祖母 あなたはその可能性を十分考慮できているのですか? ……前代未聞でしょうね。
voice: 20036060590 暦といろはの母 ……望みを捨てたくはありませんでしたが、 あの様子だと、やはり成年部への昇格は難しいのでしょうか。
voice: 20036060600 暦といろはの祖母 当然です。なによりダイスターとして看板役者を務めた貴女が一番、 現実をわかっているのではなくて?
voice: 20036060610 暦といろはの母 ……ですが、あの子は私の娘です。 あの子を信じてあげないなんて、あまりにも可哀想で……。
voice: 20036060620 暦といろはの母 ……うぅっ……。
voice: 20036060630 暦といろはの祖母 母として子を想う気持ちは理解できます。 ですが、私たちには生まれながら、それよりも重い責務があるのですよ。
voice: 20036060640 暦といろはの祖母 ゆめゆめそれを忘れないように。 このままでは後継たる暦にも差し支えます。
voice: 20036060650 暦といろはの母 はい。 本人がやりたいと望んでいるなら、続けさせてあげたいけれど……。
voice: 20036060660 暦といろはの母 ……そろそろ、決めなくてはいけないのかもしれません。
voice: 20036060670 いろは どうすればよいのか、僕の中には答えが出ていました。
voice: 20036060680 いろは もうあんな失敗はしない。 銀河座という世界に、僕がいることは千寿家にとって望ましくない。
voice: 20036060690 いろは 時は過ぎ、中学生になり。 そして、僕は……。