voice: 20041070010 テトラ その日、あたしは病を押して、 初魅と話をするためエデンホールへ向かったのさ。
voice: 20041070020 テトラ あいにくの天気で、急に雨が降り出してね。 憂鬱だったよ。
voice: 20041070030 テトラ だがその道中で、初魅の姿を見かけたのさ。 ――あいつは、傘も差さずに雨に降られてた。
voice: 20041070040 テトラ ぼんやりした様子で立っていてね。 あたしは驚いて、すぐ声をかけたよ。
voice: 20041070050 初魅 やあ。
voice: 20041070060 テトラ あんた……傘持ってないのかい?
voice: 20041070070 初魅 2時間前は降ってなかったからな。
voice: 20041070080 voice: 20041070081 テトラ 2時間もここにいるのか……? こんなところでなに突っ立ってるんだ。
voice: 20041070090 初魅 私も好きでここにいるわけじゃない。
voice: 20041070100 初魅 中に入りたいんだが、少し外出した間に締め出されてね。 ……荷物を置いたままで困ってるんだ。
voice: 20041070110 voice: 20041070111 テトラ ――関係者出口が閉まってる……。 なるほどね、誰かが内部から鍵をかけてるのか。
voice: 20041070120 初魅 うっかりした奴だ。 インターホンを鳴らしても出やしない。
voice: 20041070130 テトラ ……。
voice: 20041070140 初魅 稽古もじき終わる。 もう少し待ってれば、誰かが出てくるだろ。
voice: 20041070150 テトラ どうかね。あんたが外で待ってるのを見越して、 熱心に居残り練習でも始め出すんじゃないかい?
voice: 20041070160 初魅 やる気があるのは結構だな。 普段からそれくらい熱心に取り組めばいいのに。
voice: 20041070170 テトラ ……鍵なら持ってる。 開けるよ。
voice: 20041070180 voice: 20041070181 初魅 どうも。 ……貴重品を置いたままだったんで助かったよ。
voice: 20041070190 テトラ あんた、これからどうするつもりだい?
voice: 20041070200 初魅 このあとか? 家に帰るつもりだが。
voice: 20041070210 テトラ そんなずぶ濡れのままでか? 家だってそれなりに距離はあるだろう。
voice: 20041070220 初魅 まあ、通りすがる人はぎょっとするかもしれないな。
voice: 20041070230 テトラ そのままじゃ風邪ひくよ。 ついてきな。
voice: 20041070240 初魅 風呂を貸してくれてありがとう。
voice: 20041070250 テトラ 身体は温まったかい?
voice: 20041070260 初魅 ああ、世話をかけたね。 服まで乾かしてもらってすまない。
voice: 20041070270 テトラ コーヒーを淹れたんだが、砂糖とミルクひとつでよかったかい?
voice: 20041070280 初魅 気を遣わなくていいのに……。 ブラックで構わないよ。
voice: 20041070290 テトラ 悪いね、もう入れちまった。
voice: 20041070300 初魅 ……。
voice: 20041070310 テトラ 服が乾くまで、もう少し時間がかかるだろ。 それまでおしゃべりに付き合ってくれ。
voice: 20041070320 初魅 こんなに優しくしてくれたんだ、いくらでも付き合うさ。
voice: 20041070330 テトラ なら、あんたのことを聞かせてくれ。
voice: 20041070340 初魅 ほう、面接の続きかい?
voice: 20041070350 テトラ さっきは何を考えてたんだ。
voice: 20041070360 初魅 さっき?
voice: 20041070370 テトラ 雨の中立ってた時さ。 あんなぼんやりした顔は初めて見たからね。
voice: 20041070380 初魅 別に。 少し……昔のことを思い出していただけだ。
voice: 20041070390 テトラ 銀河座にいた時のことかい?
voice: 20041070400 初魅 いや……違う。
voice: 20041070410 テトラ 役者をやり始めたのは銀河座からかい? にしては、あんたの演技からは銀河座らしさを感じないが。
voice: 20041070420 voice: 20041070421 初魅 ああ、演技を人に―― 家族に見せることはよくあった。そのせいかもしれないな。
voice: 20041070430 テトラ 家族に演技を教えてもらったのか?
voice: 20041070440 初魅 いいや、独学だよ。実家が飲食店をやっていてね。 手伝いながらよく客を観察していた。
voice: 20041070450 テトラ ふうん、人間観察のたまものってわけか。
voice: 20041070460 初魅 そうとも言える。
voice: 20041070470 テトラ ……。
voice: 20041070480 テトラ あんたは自分の好きに動かせる劇団が欲しいって言ってたね。 どうしてだい?
voice: 20041070490 初魅 面接では聞かれなかったことだな。 答えたほうがいいか?
voice: 20041070500 テトラ 団員から言われたんだよ。あんたのせいで辞める奴が続出してるってね。 自分が設立した劇団で勝手やられて、黙ってろってか?
voice: 20041070510 テトラ 教えな。なぜそこまでわがままを通そうとするんだ。 その先に何を求める。なんのためにあんたはこんな騒ぎを起こしてるんだい?
voice: 20041070520 初魅 かつて私の演劇を好きだと言ってくれた人のためだ。 その人が認めてくれるような芝居がしたい。
voice: 20041070530 初魅 私は、その人のために理想の舞台を作らなきゃいけないんだ。
voice: 20041070540 テトラ 理想……?
voice: 20041070550 初魅 私が観たいのは、未だかつて誰も観たことのないような芝居。 演者が己をさらけ出し、魂からの演技で舞台を高め合う。
voice: 20041070560 テトラ 魂からの演技、ねぇ……。
voice: 20041070570 初魅 人は知らず、渇き飢えている。だがみんなそのことに気づいていない。 私はその舞台を見せることで、人々の渇きを癒す。
voice: 20041070580 テトラ それを言えば、あんたは一番渇いているように見えるが。
voice: 20041070590 初魅 否定はしない。 だが、あなたも気持ちは同じだろう? 世羅テトラさん。
voice: 20041070600 テトラ ふん……。
voice: 20041070610 テトラ 誰も観たことがないような舞台をやりたい、その気持ちはわかるよ。 かつてはあたしもそうだった。そのために、Edenを創ったんだからね。
voice: 20041070620 テトラ ただ、今のEdenでそれを実現できるかは――
voice: 20041070630 初魅 だが、やってみなければわからない。
voice: 20041070640 初魅 物事は変化し、繁栄と衰退を繰り返すものだ。 今のEdenにかつての勢いはないが、私はこのままにしておくつもりはない。
voice: 20041070650 初魅 楽園が朽ちていくのを待つか、私の手で創り変えられるのを見届けるか、 どちらが良いかは、あなたもわかっているんじゃないか?
voice: 20041070660 テトラ ……あたしがそれを許すと思っているのかい?
voice: 20041070670 初魅 ……許すはずだ。だって、この私を結果的に招き入れたのはあなただからだ。 あなたは――ひどく渇いているのだから。
voice: 20041070680 テトラ ……。
voice: 20041070690 テトラ あたしは、何も言い返せなかった。 説得するつもりが、あいつの掌の上だったってわけさ。
voice: 20041070700 テトラ 初魅の言う渇きが何かはわからなかったが、否定はできなかったよ。 なんせ、出会った時から通じるものを感じていたからね。
voice: 20041070710 テトラ あたしは結局、あいつに期待しちまってたのさ。
voice: 20041070720 容 アタシも気持ちはわかるよ。たくさんの人が辞めていく中、 Edenに残ったのも、結局は初魅に賭けてみたい気持ちがあったからだ。
voice: 20041070730 テトラ あとの初魅の行動と、Edenの歴史は、容たちもよく知っているだろう。 残るメンバーはあいつに従う者だけになり、実質的なリーダーになった。
voice: 20041070740 テトラ 看板役者としてだけじゃない。脚本や芝居の方向性も握っている。 各地で役者をスカウトし、劇団を好きなように創り変えた。
voice: 20041070750 仁花子 私も、そうしてEdenに招かれたうちのひとり、ってことですよね。
voice: 20041070760 しぐれ しぐれは自分から来ましたけどね~。 初魅さんのお芝居、面白そうでしたし♪
voice: 20041070770 テトラ ああ。あたしが語れるのはこれくらいかね。 少し、酔いすぎたかな。水を持ってくるよ。
voice: 20041070780 大黒 ……待って。 まだ気になることがあるわ……。